an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

アフリカの日々

  The rhythm is around me      リズムが私を取り囲む
  The rhythm has control       リズムが私を支配する
  The rhythm is inside me      このリズムが私の内部に
  The rhythm has my soul       そして魂に


        Peter Gabriel 「The Rhythm Of The Heat」より

アフリカ探索に赴いた心理学者ユングが、大自然と原住民の躍動を目の当たりにして全身が震えるような衝撃を受けた、というエピソードをモチーフにして書かれた曲だ。
ヨーロッパの知性がアフリカの野蛮な力に圧倒され恍惚となり飲みこまれてゆくさまを、アフリカン・パーカッションの怒涛の連打で表現したpassionateな一曲である。
ピーター・ガブリエルその人が知性派ミュージシャンであり、セネガル出身の歌手ユッスー・ンドゥールが大のお気に入りで、熱心にかの国の音楽を取り入れていた自分の姿をユングに重ね合わせていただろうことを想像するに、アフリカというところはある種の人たちを奮い立たせ熱狂させるなにかがあるようだ。


         

・・・しかし今回は、そういう熱い男どものことはひとまず脇へ置いておこう。
そんな男の傍らで、穏やかな包容力と怜悧なまなざしを持ってアフリカを描いた女性たちを紹介したいと思うのだ。


◆『アフリカの日々』アイザック・ディネーセン◆

ざっと440ページのボリューム、読了までに長い時間を費やしたが飽きることはなかった。寝る前にほんの数ページを繰るだけだったが、かの地の風がすうっと吹き抜けるような気分になったものだ。
著者はコーヒー農園の主人として一切を切り盛りし、自ら銃を持って猛獣を撃つことも辞さぬエネルギッシュで強い女性だが、その文章は端正で時に深い思索をたたえ、表現力豊か。まろやかな光沢を持つ真珠のようだ。
冒頭から、日の光を受けてさざ波のように刻々と変化するアフリカの風景が素晴らしい筆致で描かれる。大きな扉がゆっくり開かれる心地がする。
内容は時系列に記された記録的なものではなくて、個性的な現地の雇い人たちとの(時に愉快でない)やりとりや、キクユ族・ソマリ族の長老が口にする詩のような言葉の断片、同郷の風変わりな友人たち、イナゴの大群、悲劇的な発砲事故とその後始末・・・著者に大きな刻印を残したエピソードを纏めた短編小説集のようにも読め、どのパートからでも無理なく入り込むことができるだろう。
以下、印象に残った一節を一つだけ紹介する。

土地の娘がしている腕輪が眼にとまった。二インチ幅の皮製で、小粒のトルコ石のビーズで一面に刺繍がほどこしてある。ビーズは均一ではなく、すこしずつ色がちがい、緑から淡藍、水色にいたるまでの、さまざまな変化を見せている。
それはありふれたものでなく、生命が宿り、娘の腕に巻かれて息づいているとさえ思われた。私はほしくてたまらなくなり、ファラに言って腕輪を娘から買い取らせた。それが私の腕に移った瞬間、腕輪は霊力を失った。安っぽくて小さな、金で買ったけばけばしいただの装身具になり果てた。
腕輪の生命力を創りだしていたのは、あの「黒さ」−変幻きわまりない、甘やかな褐色をおびた黒、泥炭や黒釉に似た土地の人の肌の色−と、トルコ石の青とのあいだに綾なす二重奏、色彩の対照にほかならなかったのだ。(中略)蒼ざめた自分の腕と、その上で生命を失った腕輪を見やった。高貴な存在に対して不正がおこなわれ、真実が沈黙を強いられたにひとしい。

ちなみに映画化された『愛と哀しみの果て』と本作とはまったく別物と考えるべきだが、ロバート・レッドフォード扮するデニス・フィンチ-ハットンは、けっこうイメージに近くて悪くない。
とはいえ、なんといってもこの本を、できるだけ時間をかけて読んでほしいな。

◆『アフリカポレポレ』岩合日出子 ◆

こちらもまた有名な一作。
高名な動物写真家の夫と一人娘の薫ちゃん、家族三人でのセレンゲティ滞在記だ。
異国での不自由な生活と、身勝手なことばかりやったり言ったりする家族に時には癇癪を起したりもするけれど、母さんは今日も元気だ。腕を振るってガゼルの生肉を捌きお弁当を作り、モーツァルトを聴き、ヌーの大移動に感激する。
ことに、おませで多感な薫ちゃんとのやりとりがとても瑞々しく描かれていて、彼女らが過ごしたこの時は、宝物のように大切な記憶となっていることだろう。全体的にコミカルなタッチで描かれてはいるが、異文化や野生動物や子供に向ける目線には静かな知性を感じるなあ。

ちなみに文庫版は村上龍が解説を書いていて、「どんなに嫌な気分の時でも、この本の表紙(↓マサイの若者の手を引く薫ちゃん)を見ると心が洗われた」みたいなことを言っていて、あの村上龍の心をキレイにするなんて・・・ものすごい浄化力だわ!とひとしきり感心したのだが、たしかにとてもいい写真です。


      



(2012年6月27日記)