an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『潜水服は蝶の夢を見る』

      
     

・・・このタイトルじゃ、シュルレアリストの小説みたいですな(笑)。

雑誌ELLEの編集長を務めるセレブであるところの主人公が脳梗塞に倒れ、その後遺症によって全身麻痺の人となり、唯一動かせる左眼の瞬き(その数なんと20万回)によって記された自伝の映画化である・・・と聞けば、かなりヘヴィーな作品を想像されることと思う。
・・・私もそうだった。これはしんどそうだ。ちょっと、観る気にならないねえ。
というのも最近、同じく脳梗塞で倒れ、重篤な後遺症に苦しむ免疫学者・多田富雄さんの『寡黙なる巨人』を読んでどーんと落ちこんだからだ。未曾有の体験を綴ったこの本は、自身の運命への呪詛と苦渋に満ちていたし、病や障害とともに生きるために必要不可欠なリハビリテーションをめぐる環境や体制が、今の日本は絶望的な状況にあることを知ってしまった。まったく厚生労働省、あなた方の仕事は一体なんだ。・・・だいたいお前らなぁっ(以下暴言につき自主規制)

・・・話がそれました(苦笑)。監督はグラフィティ・アートの寵児ジャン・ミッシェル・バスキアの生涯を描いた『バスキア』(ウォーホルを演じたD・ボウイがちょっと笑えた)を撮ったジュリアン・シュナーベル。『バスキア』は面白い映画だったし、このポスターもなかなかセンスがいいではないか。それに信頼できる人間がみな褒めているぞ。
これは、一映画ファンとして見逃してはならぬのでは!(←大げさです)

・・・うん、やっぱり一筋縄でいかない映画でしたね。
あくまで淡々と、時折ユーモアおりまぜて。主人公がパパ(マックス・フォン・シドー!)と最後の言葉を交わすシーンなどは胸がつまるが、いわゆる「泣かせどころ」がない。「がんばり感」もない。この映画に号泣的カタルシスを求めた人はさぞかし物足りなかっただろう。
エンド・クレジットとともに流れるトム・ウェイツの歌声、ここで初めてしんみりした気分になる。(寒いなぁつらいなぁと思っているところへ、ボロで肌触りも悪いけど、ぬくぬく毛布をかけられたような、そういう感じですよねー、トム・ウェイツの歌って)
それと特筆すべきはカメラ。撮影が素晴らしいです。


「不幸に全力で立ち向かう」というのとまた違う形のこの不思議な感動は、昔読んで深い感銘を受けた、宗教学者M・エリアーデの言葉の感触と少し似ている・・・ような気がする。

「自分がここに生きているということ、存在したということは、誰にも否定できない。
人間の存在の破壊し得ないこと(indestructibility of human existence)というものがあるのだということがわかった。自分は病いに苦しんで、もう長く生きないかもしれないけれども、この世に生きて苦しんでいたということは誰もそれを否定できない、それをなかったことにはできない」

(2008年6月3日記)