an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

悲しき熱帯

・・・と申しましても、先日、天寿を全うされました高名な文化人類学者の代表作に関して私などがどうこう言えるはずもなく。
・・・あ、そういえば1冊だけ著作を持っていたことを思い出して『サンタクロースの秘密』を再読してみる。「火あぶりにされたサンタクロース」なる論文と、解説というにはもったいないような「幸福の贈与」と題された中沢新一(この人の文章って言い回しがしゃれていてイメージを喚起しやすいのだが、読点多めのこの翻訳はいささか難ありか・・)の一篇によってサンタクロース、そして贈り物をめぐる考察が展開される。

なぜ人々は、こういう時代になってもまだ、クリスマスの到来に胸をときめかせたりするのだろうか。
それは、人間の感じる幸福というものの発生の秘密にかかわっている。

・・・こういった中沢氏のフレーズにそそられて購入したものと思しいが、タイトルはファンタジーでも内容はベリークールな科学だ。
クリスマス・プレゼントには・・・不向きかも。
民族、信仰、伝説、習俗・・・さまざまなアプローチで“サンタクロース”や“贈り物”の内に秘められた「なにものか」をあぶりだしていく。歴史(時間)と地域(空間)をひょいひょいと軽やかな足取りで駆け抜ける知性はまことに爽快で、完全に理解できたかどうかはさておき(笑)、“サンタクロース”という私たちにもごく親しい存在から、人間と文化に対する深い洞察の一端を感じることができる読み物だと思う。ほんの短い論文なので、興味のある方はぜひどうぞ。


・・・後日。新聞に掲載された内田樹センセイによる追悼文をふむふむと読んでいると、「慢性の故郷喪失者」「自分が自分であることの居心地の悪さ」等々目を引く言葉が次々出てきて、なんとこれは、今まさに読み終えたばかりのJ・アーヴィングの小説『サーカスの息子』のキーワードそのものではないか!
舞台はインド、そしてサーカス、登場人物のほとんどがマイノリティ、宗教と人種差別による軋轢の中、次々に起こる殺人・・・もうこの設定だけで胃にもたれそう・・・と思われる向きもあろうが、筆は軽やかでユーモアたっぷり、ラストシーンも実に美しい。
ミステリー風味にインド的混沌とドタバタがほどよくブレンドされ、長尺ながらも全く退屈することがない。
人がばたばた死んでいく不穏な小説にもかかわらず、物語の懐の深さ、人々のおおらかさとtenderness・・・そういったものの余韻がいつまでも後をひく、不思議に面白い小説だった。

・・・えーと、何の話だったか・・・そうそう「悲しき熱帯」。
菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールのライブに行ってきたのでした。


                  

実はこの人の音楽のこと、ほとんどなーんも知らないで行ったんである。
しかし熱狂的な信奉者が多くいることは知っていたし、文筆家としても高く評価されていたり、東大で講義をしたり・・・と縦横無尽の活躍ぶりなので、一体どれほどのもんかお手並み拝見という気持ち半分、「楽団を引き連れてニギヤカで楽しそう!会場だって近いしさ。」というただの気まぐれ、思いつき半分。
・・・それがね。ものすごく、よかったのである。びっくりした。
あえて一言で説明するなら“ラテン風味のジャズ”ということになろうか。
バンドネオンにピアノ、バイオリン(ファーストとセカンドの2人!)にビオラにチェロ、ウッドベースにパーカッション(ライトとレフトの2人!)にハープ、そして忘れちゃいけないフロントマン・菊地成孔氏のサックス・・・これだけの楽器がそれぞれ心地よく弾けあう。
もう音が跳ねる跳ねる、うねるうねる。怒涛の音の洪水にしばし呆然としてしまった。
時にバンドネオンの異国情緒たっぷりの音色が流れ、バイオリンとゆるやかにとけあう。時に雅楽風にアレンジされたパーカッションが厳かに鳴り響く。
・・・なんとも至福のひととき。

・・・どっから見ても女泣かせのスカシ系やな〜と思っていた菊地さんは、小気味よい冗談を連発してはころころとよく笑う、なんやおもろい兄さんなのであった。
楽しませてくれて、ありがとね。

(2009年11月18日記)