an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

辺境・異境

誰かの文章を読んで、おおこれはすごいなあ、おもしろいなあと思ったら、
「どんな顔してんのかなー、この人・・・」と、あれこれ想像をめぐらしてしまう。
どんな風貌なのか、どんな声でどんなふうに話すのか、どんなたたずまいなのか、ぜひとも見てみたい。昨今はネットでわりと簡単に面が割れたりするけれど、できるならば実物をこの目で見たい。想像どおりでも予想外でもうれしい。
そういうわけなので、たまさか近所にそういった興味深い人物がやってくるとなると、ついいそいそと見に行ってしまうのである。

・・・で、今回はこちら。中沢新一×内田樹×釈徹宗 トークセッション「人文科学の挑戦」。あらまたウッチー(内田樹センセイ)?と思われたかもしれませんが、今回はこの人が見たかった。深沢七郎に次いで山梨県が生んだ奇才、中沢新一



特に熱心な読者というわけではないけれど(だって難しいんだもーん)、その精力的な仕事ぶりはいつもなんとなく気になるし、最近では『アースダイバー』や『僕の叔父さん 網野善彦』などをとてもおもしろく読んだ。それに、この人たしかおしゃべりがすごく上手かったはず・・・などとぼんやり思いながら申し込んだら、またもや抽選に当ったのだ。

以前私は、“なにかと大風呂敷広げる調子乗り兄ちゃん”みたいなイメージだ、とレビューに書いたことがあるけれど、いやいや、今や髪はすっかり白くなって余裕綽々な身のこなし、さすがに貫禄がおありです(前言撤回!)。
鼎談はもちろんテーマを大きく逸脱して、それぞれの思い出話などにも花が咲く。
氏の学生時代は留学ブームの走りだったらしく、仲間たちはそれフランスだ、アメリカだと勇んで行ったが、「ヨーロッパやアメリカって、本読んだらだいたいわかるような気がしてさ。よくわかんない所に行きたかったのね、僕」などと言いつつ、フットワークも軽やかにチベット僧に弟子入りしたのはよく知られているところである。とにかく“秘境”的なものに惹かれてやまぬ、子どものような好奇心をお持ちのようである。ずいぶん昔、苦行僧ふうのいでたちで人骨笛を吹く彼の姿を写真で見て、「うーむ。さすが学問を追及するためにはこれくらいの悲壮な覚悟と実践が必要なのね・・・!」と感じ入ったものだが、なんのことはない、好きでやってたんかいな。

それにしても・・・中沢・内田ご両人はともに1950年生まれ、すなわち今年還暦。・・・にもかかわらず、この青年のようなたたずまいはどうだろう。ものの考え方といい、小気味よい口調といい、なんとも風通しがよくて“颯爽”という言葉がぴったり。どんな話題をふられても自由自在に素材を膨らませ、思いもよらないことを気づかせてくれるこの一連のやりとりは、快音を響かせるテニス上級者のクロス・ストロークを見ているようである。こういう柔軟な思考の持ち主でないと「量子力学と仏教との共通項」なんて考えもつかないと思うよ。いや、本当に刺激的なトーク・セッションでした。

で、今回は“辺境・秘境”つながりの本を紹介してみようと思う。
まず上記お2人のものから一言ピックアップ。
わけのわからないことで盛り上がる怪しいおじさんたちのハイテンション対談、そして現在のパワースポットブームの先駆けとも言えましょう。中沢新一細野晴臣対談集『観光』。斬新で痛快な日本人論、内田樹『日本辺境論』。
どちらも大変おもしろいのでおすすめです。


◆『辺境遊記』田崎健太・下田昌克

例えば−
    大国アメリカの影に輝くカリブ海の真珠。
    二十四時間以上、船に揺られなければ辿り着かない「東京都」     
    日本にもっとも近い欧州に埋もれつつある朝鮮人の歴史。
    新興国インドで繁栄から置き去りにされた異民族の村。

     さあ、出かけよう、少々不便で、素敵な場所へ。
     ぼくはそれを辺境と呼ぶつもりだ。

“辺境モノ”にありがちな面白おかしいエピソードや感情的な記述をなるだけ少なくし、その土地に生きる人びとの息遣いを伝えることに筆力は注がれている。1人1人の物語を、悲喜こもごもをそっと大切にすくい取るような、良質の旅エッセイに仕上がっていると思う。
掲載されている写真もいいものが多いのだが、なんといっても本作の魅力は下田さんの絵だろう。繊細な色合い(色鉛筆ならではの風合い!)による生命力あふれるイラスト(すべて似顔絵、上半身のアップ)がすばらしい。どちらかというと淡々と綴られる文章とのバランスがとてもいい。


◆『異郷をゆく』西江雅之

外国語を何百と話し、どんな辺境でもすぐに溶け込める。「地球はすべてわが宿」と言い切るただならぬ度量を持っているというだけで、この人もぜひ実物を見てみたい1人だ。
本書は気楽に読める旅エッセイだが、学者さんらしい正確な言葉できちんと説明がなされる、端正な文章だなあという印象を持った。時折「観察者の眼」がキラリとひかり、抑制された筆致ながら、異郷ならではの高揚した気分も存分に味わえる。
マラケシュ泉州ニューオーリンズ、ミハス、ロドリゲス島etc・・・「ハダシの学者」の案内で、ぶらりと歩いてみませんか。



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穏やかな秋晴れの日、阪神競馬場に行ってきました。

場内はどこも広々としていて手入れが行き届き、サラブレッドが疾走する様は美しく、大人も子どもも楽しめるところです。
そして、喫煙者に残された最後の楽園ともいえましょう。


しかし、こんなにたくさんイスがあるのにどうして地べたに座るんだ、お兄さん方。



(2010年10月5日記)