an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

2013年初買、初読

とうに2月に入っているのに初買いも初読みもなかろうとは思ったが、日記初めの景気づけに選んでみましたこのネタ、便乗して皆さんの「初物」もぜひ聞かせてほしいこともありご容赦いただきたく。


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やっぱ何かに淫している人が書いたものはおもしろいからね〜と、『壇流クッキング』と川勝正幸『ポップ中毒者の手記』、もう一つおまけに『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』の三冊を抱え、ほくほくした気持ちでレジへ向かう。前にいたボンクラ大学生っぽい子の持つ本へ見るともなく目をやると、ナボコフの文学講義』上下巻。思わず二度見。

ちなみに初漫画は、よくぞこれを漫画化してくれたもの、大西巨人原作・のぞゑのぶひさ画『神聖喜劇』、初映画はD・リンチの悪夢的デビュー作『イレイザー・ヘッド(完全版)』。
・・・いろいろ濃すぎる2013年の幕開けでありました。

ところで、意外に思われるかもしれないが私は谷崎潤一郎の小説が好きである。
日本を代表する文豪だからと気負って難しげな考察を持ち出さなくとも、気楽に読み流すだけで楽しめる奇妙な小話がたくさんある。
登場人物の性向や関係性は少々複雑だが、物語の大筋はシンプルでわかりよい。文章には古典的情緒と色艶があって口当たりもよろしいが、ぐいぐい飲っているうちに凄味がじんわり滲みだしてきてすっかり酩酊・・・という塩梅だ。そう、喩えるならば大吟醸の風格と味わいとでもいおうか(であるからして、未成年には禁物である)。
最近読んだ中では『病蓐の幻想』がワタシ的に出色であった。

「歯齦の炎症から来る残虐な悪辣な、抉られるような苦痛の為めに、精神と云う物が滅茶滅茶に掻き壊されて、気が狂って死ぬかも知れなかった。」
尋常ならざる歯痛に日夜呻吟し、ついには大地震の悪夢に魘されるという誠にお気の毒なお話なのだが(笑)、「ピアノの鍵のよう」「毒々しい向日葵の花のよう」に始まり、斬新にして絢爛な比喩を駆使し、歯の痛みに共鳴してどんどん拡張してゆく幻想のその華やかなことといったら。

一々の歯の痛み工合を、よく注意して感じてみると、痛むと云うよりは、Biri-biri-ri-ri!と振動して居るように想われた。

あの仏蘭西のシンボリストが想像するように、A,E,I,U,Oの母音に、黒だの白だの赤だのゝ色があるとすれば、口の中で刻一刻に、ずきん、ずきん、と合奏して居る歯列の音楽、―色彩の音楽は、悉くアルファベットに変じ得るかも知れない。・・・・・・・・・A,B,C,D,E,F・・・・・・・・・

ぴくりぴくりと軋んで居る上顎の犬歯は、ちょうど血の塊か火の塊が、眼の暈むような速力で虚空に旋転と舞い狂めいて居るような、真赤な、辛辣な痛さである。

噴火山の火口の如く傲然と蟠踞して居る。その洞穴の忮津磐根から不断の悪気が漠々と舞い上がって、口腔の天地を焦熱地獄と化して居るのである。

こうなるとたかが虫歯といっていられない。っていうかちょっと体験してみたい。いやいっそ踏んでほしいなその足で、と思うようになればアナタも谷崎文学の魔性の虜に。



(2013年2月5日記)