an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

2012年初の

読書報告、二冊ばかりまいりましょう。
並べてみるとどちらも表紙がなかなかいい感じ。
丹精こめて作られた本を手に取るのは読書人の喜びの一つだ。


◆『脱力の人』正津勉

ひょんなことで手に取った本書。詩人が、詩人について語ったものだ。
私が著者について知っていることといえば、昨年亡くなった清水昶さんと同じ「京都・同志社チーム」の「どちらかというと元気ない感じの詩人」というくらいで、まあ要するに何にも知らないのである。
だがここに登場する、著者が敬愛してやまない詩人たちの名に一瞬目が釘付けになった。曰く、「この人を見よ」。

「いちびり脱力詩人」天野忠(いちびりとは関西弁で「調子のり」くらいの意)
アナキスト脱力俳人」和田久太郎
「ニヒリスト脱力詩人」尾形亀之助
「宿痾脱力詩人」淵上毛銭
「娼婦脱力俳人」鈴木しづ子
ヴァガボンド脱力絵師」辻まこと
テッテ的脱力マンガ家」つげ義春

つげ義春はまあょっと別枠としても恐るべきセレクト、マイナー・ポエットの極致。
もうねえ・・・私はこういう本が大好き。
本書では、「世間一般」や「普通の生活」から甚だしく逸脱してゆく詩人たちを、自身の経験談なども交えつつ、詩人ならではのリズム感のある文章で綴られる。
慈しみの目とユーモアと含羞が入り混じったような独特の表現は、かの「脱力の人」たちの苦難に満ちた生涯の中に一瞬の輝きを感じさせる力があり、ぐいぐい引き込まれる。また、吟味された彼等の作品も多く掲載され、普段俳句や詩などめったに読まない私でも「あ、これ好きだな。」と思ったりして、未知の詩作品との出会いが楽しめるのも本書の大きな魅力だ。

実生活では脱力しきっていながら、こと女となると目の色を変えて邁進する男、とは古今よく聞くところである。アナーキスト大杉栄の復讐として陸軍大将を狙撃し、監獄で縊死した俳人・和田久太郎などはまさにそうで、
・・・早くも悪事、遊蕩を覚え翌年十六歳の秋、猛烈なる淋疾及び梅毒に悩みたり。其後今日に至るまで、この病癒ゆることなし」というすさまじさ。
こんな男が、後に一人の運命的ともいえる娼婦と出会うのだ。
「明日は絞首台の露と消える男と、飄客を銜え込む私娼窟の女と。(中略)病毒糜爛の女と淋梅同士。同病相憐れむがやがて相思相愛になったやら。」などという著者の言葉にはあまりのことについ笑ってしまう。泣き笑いの心持ち。
最後に本人の名誉のために付け加えるならば、彼の俳句は芥川龍之介の激賞を受けるほどのものであったとか。

そして女がらみということならば、病で一生涯を七転八倒した淵上毛銭も負けていない。枕も上がらぬ重体の身でありながら看護人だった女性との間に次々と子どもをもうけ、詩だけでなく俳句にまで手を伸ばす。
「その詩を飄逸とするならば、はたして句は妄執そのものだ。詩の毛銭はのんびりと暢気な風を吹かせるぐあい。句の毛銭はきりきりと歯噛みを繰り返してやまない。」
生きた、臥た、書いたと墓碑銘に刻んだ病の詩人・淵上毛銭を、そして尾形亀之助を、時に「脱力」とは相反する詩人たちの生きるエネルギーを、本書で感じてみませんか。



◆『オックスフォード古書修行』中島俊郎

古書の魅力は、ただ幾歳月を生き延びてきたという耐久性にあるのではなく、
たえず真価を問いかけるところにある。誤解を恐れずに言えば、間断なく問いを発し続ける<現在性>をもっているからにほかならない。
(中略)オックスフォードには清冽な空気と水があふれている。
はたしてどんな古書の若葉がそこには息吹いているのであろうか。

またしても著者のことは知りません。どこかの大学の英文学の偉い先生です。
サブ・タイトルには「書物が語るイギリス文化史」とあり、著者が在外研究で滞在したオックスフォードでの生活と、古書をめぐるエピソードにイギリス文化考察を絡めた楽しいエッセイだ。(外国での古書オークションの様子を書いた人といえば鹿島茂さんがまず思い浮かぶが、ユーモラスな文体で身近な生活文化や庶民風俗を好んで書くところなんかは似ているかも)

「婦人雑誌は花ざかり」ではビートン夫人の活躍を、「ナンセンス詩人はいずこへ」ではエドワード・リアとルイス・キャロルを、「レシピ本は笑う」では『不思議の国のアリス』に登場する「ニセ海亀のスープ」に注目し、「寿司をつまむゲーテ」ではドイツ文学からの影響を考察し、ワーズワスの詩からイギリス流自然精神に思いを馳せる。
庶民的で生活に密着した親しみやすい素材を中心に扱っているが、細かいところで様々な博識がちりばめられ、軽妙エッセイを装いながらも読みごたえのあるものに仕上がっている。
特に最終章の「翻訳三大噺」では、ベケットジョイスの微笑ましいエピソードから始まり、ヴァレリーラルボーの翻訳論、そしてモダニズム文学のキラ星のごとき文豪たちが華やかに登場する。そのほとんどを読んでいない私などは圧倒されつつも、激しく好奇心が刺激された。
またドーンと読みたい本が増えちゃった。


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あさま山荘、芋虫、ときて“昭和三部作”のラストは三島由紀夫を取りあげたそうだ。(その次は中上健次の『千年の愉楽』らしいぞ。あんなのどうやって映像化するんだろ・・・)
若松孝二監督はこのところ、“昭和の暗部”とでもいうようなものにその創造力をインスパイアされることが多いようである。
いや、それはいいのだ。大いにやってくれたまえ。
ところで、三島由紀夫の役は誰がやるのかな・・・・・・?


    


まあ、あなたは『ワンダフルライフ』、『ピンポン』そして『空気人形』に出演していたサワヤカな好青年、ARATAさんではありませんか。あなたが三島由紀夫・・・・?

・・・・・・・・そ れ は な い 。

マサカとは思いますが、「腐った女子」とかいう人たちを喜ばすような映画になってたらどうしようと気が気でなりません。
(『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』2012年春公開予定)


(2012年1月6日記)

追記:若松孝二監督は2012年10月、交通事故で亡くなられました。合掌。


またまた追記:それがアンタ、けっこうよかったでARATAくん。見直したぞ!