an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『人斬り』

私が生まれたのは彼が亡くなった年である。
なので、自分の年齢の節目節目に没後30年だ40年だと書店がニギヤカになり、ついつい「彼について書かれた本」など手にとってみる。久しぶりに小説なんかも読んでみる。途切れ途切れではありながらも、思えばずいぶん長いこと飽きもせず読み続けている作家の1人だ。
最近、未読だった『美しい星』という小説を読んでみた。
冒頭から大真面目な語りで「金星人」だの「円盤」だの「処女懐胎」だのが登場がして一体これはナニゴトかと面喰いながら読みすすめると、宇宙人を自認した者同士が「地球人の存在意義」をめぐって大審問官ばりの大論争を繰り広げ、読者の心に一編の謎めいた詩をハラリと散らし、光る円盤の来訪という突拍子もない一場面で幕を閉じるのである。寓話というにはあまりにも、ほとんど暴力的な力技のストーリー展開に狐につままれた如く呆気にとられた。

『美と共同体と東大闘争』(←東大生とのガチンコ討論。学生たちの発言が無駄に難解)での彼の発言は年々少しずつわかるようになってきているのに、小説はなんだかいつまでたってもよくわからない。「すげえなあ・・・(ようわからんけど。)」と思うことはあっても「おもしろかった!」と思ったことは一度もないかもしれない。

・・・当人のこととなると、さらにわからない。
宮殿みたいに見える家に住み、映画に出たり、流行歌を歌ったり、裸体で写真のモデルになったり、同性愛者と見られたり、自衛隊に入り訓練したり、プライバシー裁判にひっかかったり、日本を代表する国際人として活躍したり、ファシズムめいた言説を弄したりする、ようするに派手なことが好きで人騒がせなスキャンダルメーカーというイメージ(by奥野健男)」であり、陳腐な喩えで恐縮だが、もし私が彼のような地位にあったとしても絶対にやりたくないと思うようなことばかり好きこのんでやってらっしゃるし、その華々しい経歴から大変に頭のいい人であったことに異論はないところであろうが、身の毛がよだつようなあの死に方も含めて、そんな優秀な人がやることとはとても思えない。すんなり納得できない、どこにもおさまりどころを見いだせない、困惑に近いはがゆさを感じるのだ。
かように私にとって三島由紀夫という人は大いなる謎であり、故に興味をかきたててやまぬ存在である。
・・・そういうわけなので(長いよ前置きが)、これは絶対に見逃せないのだ。

 
      


こういう企画ものはごく短期間の上映であることが多く、あっと気づいた時にはスケジュールの半分以上が終っていた。大阪なので仕事帰りにふらりと訪れることも出来ず、観られるものを絞り込むことに。なかなかこういう機会もないので、今回はぜひ三島由紀夫本人が出演しているものが観たい。

まずは、監督・増村保造(←東大の同期だそうです)の鬼の演出にもかかわらず、清々しいまでの大根役者ぶりを披露しているという『からっ風野郎』を観て笑わせてもらおうと思ったのだが、日時がまるであわないのであえなく却下。
しからば『憂国』か。・・・これはチラシ上にもある「激レア作品」に属するであろう(自宅でこれを見た三島未亡人がぎょっとして(←推測)持ち出し禁止にしていたはず)。
30分足らずのモノクロ作品だが、驚いたことにR18指定だ。
エロの効果かグロの効果か、はたまた両方合わせて技あり一本か。とにかくも、作家が趣味で作ったわりには相当な力作であることが予想される。
・・・・・・だがしかし。
うららかな休日に、切り裂いた腹から漏れ出す超リアルな腸を漫然と眺める、というのもあまり心弾むことではないし、マニアを称しているならまだしも、「娯楽としての映画」を楽しみたいという気持が勝っている私にはちょっと苦しいセレクトである。正直なところ、あれは小説読むだけでお腹一杯、おかわりは無理ですっ。 ・・・という紆余曲折(←?)を経て、選ばれた作品はこちら。


                『人斬り』

      

      

幕末ファンにはおなじみだろうか、“人斬り以蔵”こと土佐藩郷士岡田以蔵の半生を描いた作品である。主役の以蔵に勝新太郎武市半平太仲代達矢坂本龍馬石原裕次郎、なじみの遊女に倍賞美津子・・・という錚々たる顔ぶれ、しかも監督は全身に彫りものをしていたというヤクザに限りなく近い男、五社英雄
「こ、こんな連中の中に放りこまれて大丈夫だったのかしら、由紀夫さんは・・・」と、まるで許婚のような心持ちでハンカチなど握りしめ、ハラハラしながら見守ったのであった(ウソだけど)。

・・・・・・結論からいうと。これなら上等、立派なもんだ。
以蔵と並び称された薩摩藩士“人斬り新兵衛”を演じているが、派手な殺陣シーンも難なくこなしているし、片肌脱ぎでの切腹シーンも最高の見せ場になっている。なによりセリフが少なくて無表情な役柄をあてがったのは大正解だ。「ぜひとも」と乞われたのか「なにとぞ」と自ら頼みこんだのか出演の経緯は知らないが、三島由紀夫は脚本を読んで小躍りしたに違いない。ま、他の役者陣が一分の違和感もなく時代劇に溶け込んでいるのにくらべると、「たった今、太秦映画村で着付けてもらいました感」があるのは、これはもうしかたがない。彼が登場するやこちらは「あーーーっ!三島由紀夫だーーっ!!」と3D並みの色眼鏡で注視してしまうわけだから、多少画面から浮いて見えるのは当然といえましょう。

新兵衛は謀られてある殺人の下手人として捕らえられるのだが、証拠として自分の刀を突きつけられると、黙ってそのまま刃先を腹に突き立てる。カメラは斜め後ろからその肩の筋肉に力が入っていくさまを舐めるように撮り続ける。69年の作品だから自死する1年前である。この時どんなことを考えていたのか想像せずにはいられず、しばし複雑な思いに浸ったことだった。
しかし、なんといってもこれは勝新太郎の魅力全開の映画ですね。
粗野で薄汚い乱暴者、だけどちょっぴり愛嬌が、という役にあまりにもピッタリ、怒ったり泣いたり喚いたり、そりゃもういきいきしている。殺人者となるべく、まずは草陰で現場を見学させられた以蔵が血を見てみるみる興奮、目を輝かせて舌なめずりせんばかりの表情がすばらしく、また、自分が「出遅れた!」と気付くや褌をスルスルと器用に装着し、わあっ!とばかりに延々山道を疾走するシーンも最高だった。
あと仲代達矢もとてもいい。この人、相手と差し向かいで話をするとき瞬きをしないのね。この“瞬きしないで一点を見つめながら一方的にしゃべる人”ってD・リンチの映画にもよく出てくるんだけど、“死人的不気味さ”が著しくUPするのだ。メイクの力もあいまって、見るからに冷酷、不吉な人物でわくわくしました。

そんなこんなも含めて、大変たのしくチャンバラ・エンタテイメント『人斬り』を鑑賞したのでありました。
機会があればぜひスクリーンで観てください。おすすめですっ!(←シネマハスラー風に)



(2011年7月27日記)