an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

残暑お見舞

・・・申し上げます。
皆様よい夏休みをお過ごしでしたでしょうか。

週末には五条坂の陶器まつりをのぞいたり、美山町で鮎のつかみ取りに興じたり(塩焼き美味なり!)したものの、夏休みは今少しお預け、お盆期間も黙々と出勤しておりました。通勤のお伴はW・フォークナー『サンクチュアリ』。

・・・中上健次の小説は苦手でも、ノーベル賞作家ならイケるかもしれないわ・・・などという大雑把な勘だけで選んだこの小説、いやはやなんともひどいストーリーで、猛暑対策とはいえ電車内は異様に冷えすぎ(誰だっ、温度を下げるのは!←電気グルーヴ風に)、心地よい現実逃避であるはずの車内読書タイムに眉間の皺がますます深まる今日この頃でございます。
ところでこの『サンクチュアリ』、ええと、訳者の加島祥造は「荒地」の人ですよね。(「荒地」の人たちに翻訳家が多いのは何故かしら?鮎川信夫バロウズを訳してたり)カッコいい詩を次々に生み出したこともさることながら、私生活では妻の存在を何故かひた隠しにしたり、はたまた仲間内で妻を取りあったりと、なにかと興味のつきない人たちだ。
で、その訳文なのだが、場面展開やセリフまわしがやや唐突で文章のリズムに乗りにくく、今なにが起こっているのかとてもわかりにくいのである。村上春樹がどこかで「けっこう文章がむずかしくて、そんなに簡単には読めない。」といってたけど、そのとおりだわね。(・・・あ、もしかして貴方は原文で読んだの?)


      


ほとんど無意識的に、「あ、これは男のテリトリー」みたいな括りでふりわけてしまうものがある。私のいうことだからそんな真面目な話ではない。
たとえば野球やサッカー、そしてボクシングなんかは「・・・やっぱ男のスポーツでしょう、それは」と思ってしまうし、いわゆる「マニア」「コレクター」なる種族はその大多数が男性で占められているはず・・・とかそんな次元のことなのですが。それぞれの得意分野、というイメージですね。
しかし今時そんな野暮なことを言ってたら笑われるわけで、前述のスポーツなどはもちろん、「鉄道オタク」「歴史オタク」に代表される、男性専属のイメージがあった分野にも女がどんどん押し寄せているというし、南極にだって宇宙にだって行ってみせます。
女で「古本屋の店主」、これはさすがにおらんだろうと思っていたら、岡崎武志さんの『女子の古本屋』で自分のツメの甘さを再認識したのは最近のことだ。
得意も不得意も関係なく、好きな道を邁進する女たち。
・・・そんな中、「う〜む、さすがにこればっかりは女では書けないだろうな・・」と思った本に続けて出会ったので紹介してみたい。言うまでもなく、だから男はすごい、などということではなく、読んで面白かったというのが一番大きなポイントなのでありますが。


◆『ぼくのオーディオ ジコマン開陳』田中伊佐資

ちょっぴり悪ノリしたタイトルだが、ちゃんとした本です(笑)。
サブタイトルは「ドスンと来るサウンドを求めて全国探訪」。文字通り、全国の“オーディオ・マニア”の探訪記なわけだが、これがすごいのだ、呆れるほどに。
まず最初に登場するのが、(強大な電圧とノイズ絶滅を求めて)自宅にオーディオ専用回線を設ける、という猛者。柱設置ですよ、柱。マイ電柱。正気の沙汰かと(笑)。
ありとあらゆるパーツを手間隙とお金をかけて入手し、これまた気が遠くなるほどの工夫の紆余曲折を経て自分仕様に組み立てる。その情熱たるや。金持ちの道楽的優雅なイメージは、偏屈職人のイメージへとサワヤカに変貌していくのであった。
専門用語が多くて最初は面食らうが、読み進めるうちにやや性急な感じの軽妙トークにうまくのせられ、「一番のショックはピアノだ。どうにもこうにも理解の範囲を超えていた。銀シャリのように粒立って輝いている。」だの「熱気があり、一方で洗練されたところもあり、この二つをまぜ合わせた壮麗な音」だの「一幅の絢爛な絵を見るようなサウンドだった。」だのといった言葉にはこちらまでわくわくしてくる。
写真も多く、オーディオ自慢のジャズ喫茶の紹介あり、著者自身が木の材質から選んだスピーカー製作奮闘記あり、巻末には「優秀録音ディスクガイド」(←ジャズが多いかな)ありで盛りだくさんの内容だ。
・・・神は細部に宿り給うか、本書に登場するような機器が奏でる至上の音色を一度は聴いてみたいものであるよ。


宮嶋茂樹『イツデモ ドコデモ ダレトデモ』

戦場カメラマンとして、沢田教一一ノ瀬泰造の後に名を連ねることができるか、不肖宮嶋!
戦闘地域や被災地域、そして独裁者や犯罪者等々素材の選び方と大判サイズの力もあって、どれも息を呑む迫力だ。イラク、アフガン、サラエボコソボソマリア、南極・・・被写体は生々しく衝撃的なものばかりだが、モノクロの画面はそれをすっと抑制する力を持つ。
どこから撮っているのだろうと思わせる大胆な構図にはっとするほどの衝撃が引いた後に、ゆっくりと詩情が立ちのぼってくるような余韻を残す作品の数々は、すでに単なる「報道写真」の枠を超えていると思うのだが如何。
・・・黙っていれば相当にかっこいいものを、あえて「どや!シブいやろ!」「誰が好きこのんでこんなとこ」などというふざけたキャプションを付けずにはいられないのが不肖のご愛嬌。どうしてもカッコイイ男は演じられないようである。


小林信彦『日本の喜劇人』
吉川潮『突飛な芸人伝』
高田文夫江戸前で笑いたい』
色川武大『なつかしい芸人たち』

残念ながら私はこれらの本に登場する芸人さんたちをほとんど知らず、読むたびに「わっ、この映画観たい、この人の落語聴いてみたい!」と、チェック項目が増えて困る。
昔の芸人さんは本当にケッタイな人が多くて破天荒なエピソードに事欠かず、格好のネタになると思うのだが、その存在を魅力的に興味深く書かれた本って、いまのところ男性の著者しかどうも思い浮かばない(令和の追記:フツーに森まゆみさんがいるじゃねーか)。
ここであげた著者の中には、戦後の混乱期に不良をやっていて、そういった舞台になじんで育ってきた人もいて、当時の女たちに言わせりゃ「呑気なもんよね。私たちはそれどころじゃなかったわよ」ってなところだろうか。


(2010年年8月18日記)