an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『ペルソナ』鬼海弘雄

この鬼海さんという写真家は、浅草界隈をぶらぶらしているそこいらの老若男女のポートレートを撮る、ということを30年くらいやっていて、この本はその集大成であるところの『PERSONA』(現在Amazon価格6万円也!)の廉価普及版である。
そこいらの老若男女とはいっても、何十年もやっていれば我がモデルを逃さない嗅覚が鍛えられようというもの、存在感、というイージーな言葉で片付けられない、いわくありげな人物をぬかりなくおさえている。
・・・なんだろう。「剥き出し」なこの感じは。普段すました顔してるわりにヘタレな私なんぞとうていかないませんとか思ってしまうこの感じは。モノクロにしたことでさらにそういう印象を強めた感があるが、一見マイノリティの気配濃厚、ダイアン・アーバスの写真を彷彿とさせる。しかし、じっくり見ると彼女の写真の中のフリークスたちが放つ攻撃的な視線ややりきれなさとは全然違っていて、日本人ならではの泥臭さとペーソスとユーモアに満ちており、移ろいゆくものの情緒であるとか懐の深い物語のようなものがうっすらと、そう、体臭のように漂ってくるのである。
そして、若干怯みつつも「あなたのことがもっと知りたいんだけど。話、きかせて」とにじり寄りたくなるような・・・おおっと、これって愛にいたる道の最初の一歩じゃありませんこと?

作者も「人が他人にもっと思いを馳せていたり、興味を持てば、功利的になる一方の社会の傾きが弛み、少しだけ生きやすくなるのではないか」とおっしゃっています。時折挿入されるエッセイが、このようになんとも率直にして舌足らずな感じでなかなかよろしいのだ。無骨な写真家に小賢しい文章はお呼びでないのである。

ポートレートを鑑賞するならば美しいものか、ほのぼのしたもの、という方にはさぞ胃にもたれることと思いますが、たとえばヴィスコンティ映画に登場する顔よりも、フェリーニ映画の顔が断然お好きだという芸術派のあなたにも、根本敬杉作J太郎言うところの「イイ顔」が気になって仕方がないというサブカル派のあなたにもおすすめできる、けっこう間口の広い写真集ではなかろうか、と。
(2007.10.19記)


>追記
土門拳さんの『風貌』ともども、人の顔を撮ったものが好きみたい。
ダイアン・アーバスの写真集も欲しいけどなあ・・・(高い)