an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

部屋に飾るなら

グラフィックデザイナー坂川栄治さんの『写真生活』を読みつつ思い出したことなど。

初めての1人暮らし・・・インテリアに凝るほど贅沢な身分ではなかったものの、食器などの生活雑貨はちょっと気の利いたデザインのものに、そして部屋の壁は自分色に演出するのよ。フフフフ・・・とわくわくしたものだった。
当時愛読していたビジュアル誌「CUT」から昔の女優の写真なんかをざっくり切って貼ってみたり(アンナ・カリーナとかジェーン・バーキンとか。ハイセンスな写真が多かったんですよね)、凝った絵ハガキをたくさん貼ってみたり。
・・・が、そのうちに本がどんどん積み重なり(だいたい本がたくさんある部屋、などというのは野暮なもの)、わけのわからない紙物や洗濯物や駄菓子が散乱し、部屋全体に生活臭がふんぷんと漂い始め、そういった小粋なものがまるで似合わなくなり思わず舌打ち、ということになっていくのである。嗚呼。

仮に。本書のデザイナーさんみたいにインテリアをモノトーンで統一してみたり、どことなくアールデコったりしてさらりと生活感をぬぐったような部屋に暮らしているとして。
「好きな作品を買って家にどんどん飾ろうよ。いやいやそんな難しいことじゃない。ほら例えばこんな写真家のこんな写真はどうだい?」と話しかけられているような、つかの間の心地よい現実逃避(笑)を与えてくれる、見て読んで楽しい写真エッセイである。
ダイアン・アーバス、ロバート・フランク、イモージェン・カニンガム、ユージン・スミス・・・本書に登場する中で私が知っている名前はせいぜいそれくらいだ。だが、堅苦しく芸術を語るわけではなく、自身のささやかな思い入れを交えての軽やかな語り口に無理なくその世界に引き込まれ、読み終わる頃には「今度この作家の写真集、書店で探して見てみよう!」という気になってしまう。
皆さんもお気に入りの写真家を探してみませんか。


   ・・・例えばそうだなあ・・・とっておきの額縁を選んで、こんな一枚。

      

       Robert Capa「Hemingway & his son Gregory」
       ・・・この写真がとても好きなんですよねー。


ところで、「ヌード写真」で部屋をグレードアップしようとするのは相当なチャレンジャーだと思うのだが、とある知人のご主人はジャズ狂で、鈴木いづみのヌード写真を飾っているそうだ。ナイスセレクト!生活臭漂った部屋でもいけます。
・・・やるな。



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ポール・トーマス・アンダーソン監督『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を観る。
石油事業で一攫千金をねらう男の破滅を描いた物語。

      

このタイトルは「そのうち血ィ見んぞ!」とかそんな感じ?・・・ま、そんな映画です。
この監督は、ちょっと頭のネジが外れた人間がぞくぞく出てくる奇抜な群像劇を得意とする人(信じられんが同世代)だが、今回は陰影あるクラシカルな映像と、時に不協和音を響かせる絶妙な音楽をもって、1人の男の壮絶な人生を描いた。
主演のダニエル・デイ=ルイスは英国人で、ヨーロピアン・エレガンスを体現したような優雅なたたずまいの役者なのだが、この作品でのものすごいキレっぷりに目を見張る。野心満々で他人に対する不信感をむき出しにした、粗野で孤独な男を演じきって圧巻。
荒野に真っ黒な原油が吹き上げ、火柱が走り、そしてどす黒い血が流される・・・欲望、搾取、復讐。

      

・・・これがアメリカン・ドリームのもうひとつの姿、か。


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最後にもうひとつ。
篠田一士『世界文学「食」紀行』が面白い。

『アンナ・カレーニナ』に出てくるカキがめっちゃうまそう、などという記述から始まり、古今東西の有名無名文学作品に登場する「食」の場面を厳選し、解説を添えてコンパクトな一編に仕上げたアンソロジー
こういう本をついつい気軽に「博覧強記」なんて言葉で片付けてしまうけど、実際それを目の当たりにするとまず大変に感心し、やや困惑し、そしてちょっと呆れます。
一体どんだけ読んでるんだこの人は。
一体どこからこんな本を探してくるんだこの人は。
そんな人が文字通り「おいしいシーン」だけを凝縮して紹介してくれるのだから、面白くないはずがない。改めて、文章だけで「おおお。なんてうまそう」などと思わせてくれるのは一流のプロの技であるなあ、と感じ入ったり。
そして著者自身が大変な食いしん坊(「食道楽」とか「美食家」というよりこの表現がぴったり)であり、またその食いっぷりに見合う巨漢であったのはなんとなくうれしい発見でした。
男子たるもの、大いに食べ大いに読むべし。

(2009年5月25日記)