・・・このように一部のマニア向け作家と敬遠している皆様へ。本作は、イケます。
もちろん野坂昭如の小説であるので、読点と体言止めの多用による独特のリズムを持つ饒舌体、ここは好き嫌いが分かれるところだろうが、私は波長があった。
1945年当時の、神戸の地形と河川を俯瞰で眺めた描写から戦況へ、登場人物へとズームインし、一気にたたみかけるような冒頭からぐんぐん読ませる。非常時の暮らしぶりが実に詳細に記されていて、これはけっこう貴重な記録文学なのではと思いつつ、やはり注目すべきは著者を投影したと思われる主人公の少年、征夫である。これが嘘つきで見栄っ張りだが気が弱く、しかも盗癖があるという嫌なガキなのだが、まぁ小説にありがちな、抗いがたいコンプレックスを持ったセンシティヴな少年、という設定だろうと最初は思うのである。ところが、こいつが思いのほか邪悪で最後まで目が離せない。・・・思春期の子供を持つ方や、教師や対人援助を仕事にしている方は、こいつを自分ならどう扱うか思い描くのも一興だ。こういう子供は、たぶんたくさんいる。
クライマックスの神戸大空襲場面はまさにこの作家の独壇場。ここにいたるまでに、登場人物たちに「ここは大丈夫だろう」「自分だけは、そんなことにならないだろう」というニュアンスの言葉を何度か口にさせるのだが、これが効果的だった。「まさか、この私が、こんな目にあうはずがない」という根拠のない確信が揺らぐとき。・・・60年以上も前に起こった惨劇が、自分にも起こりうるような、足元がぐらつくようなリアリティをもって迫ってくるのである。
8月だし戦争もののひとつも読んどくかなと、ひょいと選んだところが思わぬ収穫であった。・・・焼跡闇市派の底力を、一度お試しください。
(2007.8.23記)
>追記
『エロ事師たち』もたいへんおすすめです(笑)。
そして、これもおもしろかったなあ。
- 作者:野坂 昭如
- 発売日: 1987/11/01
- メディア: ハードカバー