an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

日本の小説

「僕は外国の小説しか読みません。
なぜなら日本の小説は全然おもしろくないから。
漱石、太宰、一体どこがおもしろいんですか?」

ツイッターで見かけて「うひー」とのけぞった発言の一つだ。
新潮クレストブックス、白水社Uブックス、ブッカー賞受賞作あたりの現代小説がお好みのようで、“いいもんわかってます”アピールもぬかりない。
まあまあ、人の好みはそれぞれだからね・・・と華麗にスルーしたいところだが、ここでは(ネタの一つとして)言わせていただこう。
ええと、それはたぶん、日本の小説がおもしろくないんじゃなくて、君が知らないだけでは。
よし、そのへんの書店で文庫がすぐ手に入って、すらすら楽に読めて、小説の醍醐味が存分に味わえるものを、テーマ別一言レビュー付でおばさんが教えてあげますっ。


その①「驚異の想像力」 ◆『高丘親王航海記』澁澤龍彦

これが遺作とはなんとも出来すぎた話だ。
澁澤作品の中でも人気のある本作、タイトルどおり高丘親王の冒険を描いているわけだが、熱帯の物憂く甘い空気の中に突如として現れる儒艮、犬双人、蜜人、迦陵頻伽・・・・・・半人半獣の妖しいものたちが蠢くエキゾティックな世界は、眼も眩む心地がするはず。

◆『骨餓身峠死人葛』野坂昭如

絡みつくような饒舌体で描かれる「近親相姦の地獄絵図」。
このグロテスクな世界の果てに、何を見るか。


その②「女性作家が描くこころの機微」
◆『小さいおうち』中島京子

◆『茗荷谷の猫』木内昇 やさしいことばとゆるやかに流れる時間と、小さな秘密とほんのり滲む寂寥。


その③「芸術家たち」 ◆『白磁の人』江宮隆之

日本統治時代の朝鮮に若くして林業技師として赴き、かの地の言葉を覚え工芸文化を愛し、研究成果はあの柳宗悦にも大きな影響を与えた。誰でもあたたかく受け入れる人柄は、京城の人たちにも深く愛された(当時そんな日本人はいなかったのだ)。
・・・それが白磁の人、浅川巧である。
そんな人も知らなければ「白磁」なる陶器の粋も知らず、本作を読んで得たものはとても多かった。今日びは何かと諍いごとばかりが話題になる隣国だが、こんなふうに自分の命を賭して文化の橋渡しをした日本人がいたことを、多くの人に知ってほしいな。
・・・惜しむらくは、本作は「評伝風の小説」であり、特に会話文にメロドラマの脚本的な甘さを感じることだ。カッコイイ長台詞が滔々と続くシーンには「身内相手にそんな気障なこというかなあ・・・」と思うし、「巧さんは白磁のような人」なんてフレーズが出てくるとつい「白磁のような巧さん、野菊のような民さん・・・」とか思ってしまってなんだかムズムズする。いや、これは好みの問題でしょうけどね。

◆『へたも絵のうち』熊谷守一

これは小説ではないが、「自伝風の物語」として読んでもらって差し支えない。
シンプルな輪郭線と鮮やかな色彩で描かれたくだものや虫たちは(晩年につれほとんど抽象画の域に!)とても愛らしく、文章にも独特の味がある。
「浮世離れした仙人の風情」とは誰もが思うところだが、なかなかどうして、浮世に一本、まっすぐな筋が通っている。ぜひ味わってみてほしい。

川で溺れて死にかけたことについて、こんなふうに回想しているのはケッサクだったな。
「おぼれているとき、ひどく忙しかったことを覚えています。「こんなに忙しいのは生まれて初めてだ」と、おぼれながら思ったものでした。」

(2013年7月9日記)