an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『焼身』宮内勝典

焼身

焼身

きっかけは9・11。未曾有の破壊を目の当たりにした学生が発した「なにか、信じるに足るものがありますか。」という問いかけに、作者は一枚の写真の記憶を思い起こすのだ。ベトナム戦争時のゴ・ディン・ジェム政権の宗教的自由の冒涜とアメリカの蹂躙に抗議するために一人のベトナム人僧侶がガソリンをかぶって自らの身に火を放った。背丈の2倍ほどの火柱が噴き上げる中、静かに蓮華座を組み、泰然と座るその姿。
 
その事件から39年たった今、突然作者は憑かれたようにサイゴンに飛ぶ。
・・・師よ、あなたは一体何者だ・・・。

内容が内容だけにジャーナリストが書いたルポルタージュだったら、もっと殺伐とした気の滅入るような読み物になっていたかもしれない。しかし、作者はベトナムカンボジアのうだるような熱気と人間に対する好奇心とその深淵を探ろうとうまく物語化したように思う。
件の僧侶が乗っていた車を展示した寺から始まり、僧侶の親族と生家の発見、そして焼身供養(恐ろしい言葉!)を演出したという僧との出会い・・・じわじわとその姿ににじり寄っていく様はスリリングでミステリアス。
その僧侶がどのような人間だったのか、匂やかな蓮の花を思わせる東洋の思想にこのような激烈な魂が宿ったのは何故なのか。
「信じるに足るもの」を作者と一緒に熱にうなされながら探り求めるような本です。でも、答えは出ないのです。
(2006.9.28記)


>追記
普通のルポルタージュにはない、不思議な読後感を覚えています。
今年は激動の年でした。著者の言動が気になります。