an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

高野山で読む本は③

長閑な情景に次第に翳が広がってゆくような、センシティヴな梶井の小説も、小粋で愉快な『パイプのけむり』も旅先で読むのにピッタリ。
・・・と思いながら結局持っていったのは、この清浄の地にまったくそぐわないこちらの小説。


アメリカ犯罪小説界の狂犬ことJ・エルロイの『アメリカン・デス・トリップ』。
60年代アメリカはダラス。ケネディ大統領暗殺事件から物語は幕を開ける。
その策謀をめぐってラスヴェガス市警と暗黒街の殺し屋、そして元FBI捜査官、この3人の男を主軸に、FBI、CIAら国家権力、公民権活動家、極右に極左、悪徳弁護士、ラスヴェガスの大富豪、狂人のようなチンピラども、そしてもちろん人の生血をすするモンスターのごとき大物マフィア・・・まさに百鬼夜行入り乱れてアメリカを揺るがし、壮大な悪夢ベトナム戦争へとなだれ込んでゆくさまを、虚実入り混ぜつつ独特のハードボイルド・タッチで描くノワール小説だ。

ひとりの男が飛びだしてくる。ダークスーツ/中折れ某帽。右腕を突きだす。前に進み出る。拳銃を構える。撃つ――至近距離から。

ウェインは目をしばたいた。たしかに見た――信じられない。
オズワルドが腰をふたつに折る。うめき声を洩らす。
お巡りが目をしばたいた。たしかに見た――信じられない。

混乱。大騒動。発砲した男が取りおさえられる。うつぶせにされる。拳銃を奪いとられる。床に押しつけられる。
見覚えがある。たしかどこかで――。
あの帽子。あの身体。あの顔。あの黒い目。あの肉付き。

大統領暗殺の容疑者リー・ハーヴィー・オズワルドが移送中に公衆の面前で撃たれる、という驚愕の一場面だが(上巻表紙の写真。下巻の表紙はどうやら焼身自殺をしたベトナム人僧侶のようです)、歯切れのよい文体で息もつかせず一気にたたみかける。
表現がシンプルすぎて少しわかりにくい箇所もあるのだけど、リズミカルな言葉の連なりは一瞬時間を止めるような、そして何か詩でも読んでいるような、不思議な感触があって癖になる味わいである。
また凄惨なシーンの多いこの小説のこと、リアリズム描写でじっくり書かれた日には早々にゲンナリするだろうし、いろいろ計算あってのこの文体だろう。LAの狂犬、なかなかのものである。

国家権力とマフィアが同じ穴の狢どころかもうどっちがどうだか区別がつかないし、正気の沙汰と思えない人間ばかりが続々登場するし、人々は虫けらのように殺されるし、凄まじい差別用語に満ち満ちているしで、いやまったく胸の悪くなるような小説なのに・・・読むのが止まらないのはなぜかしら。
奸計と裏切り、虚偽と憎悪、これほどの暴力と血にまみれてなお、この男たちが求めてやまないものは一体なんなのか、行き着く先には何があるのか・・・・・・とりあえず、最後まで付き合ってみることにする。


暗黒血まみれ小説で夜更かししたわりに翌日は爽やかに目覚めた。
好天に恵まれ今日も絶好の散策日和だ。散策と言っても墓場の散策だけど。
比較的時間が早かったせいか、人も少ない。秋のやさしい日差しと真っすぐにそびえる老杉、ひんやり透き通った空気が心身に沁み込むような心地がする。



弘法大師御廟では、思っていたとおり暗闇にほのかに蝋燭が揺らめき、爐からは細く煙が上り、熱心に読経する人の声がそこかしこに。幽玄、玄妙。

・・・何かいろいろ納得できたような、気持ちがやんわり寛げたような、いい旅になりました。
遠方の方も、機会があれば一度行ってみてください。




参道でご主人のお参りが済むのを待っているワンコ。か、かわいい・・・!



(2013年9月30日記)