an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『「青鞜」の冒険』

秋の深まりを感じる穏やかなこの季節に、恐縮ながら剣呑な話題を一つ。
先月、京都府K市で30代女性が帰宅途中に刺殺された事件を記憶している方はおられるだろうか。実は私はこのK市民でありまして、近所とはいえないまでも現場付近をよく知っているし、第一報を聞いたときは「あんな町中で通り魔・・・?」と気味悪く思ったものだ。
数日後に捕まった犯人は被害者の上司にあたる男で、どうやら交際を断れ逆上しての短絡的犯行であるらしい。まったくもってお気の毒というほかないが、二人は「K市内のメガネ店勤務」という仕入れたばかりの情報を、折よくかかってきた妹からの電話に何気なくふってみた。
「あのメガネ屋さん」なら、我々近眼姉妹が幼少の頃からお世話になっている。


私:「あの被害者と犯人ってさあ・・・もしかして「メガネのM」の人かなあ」
妹:「もしかしてもなにもMに決まっている」
私:「やっぱり。現場に近いもんな〜」
妹:「そういうことじゃなくて。まず「メガネのM」は昔からモデルみたいな綺麗なお姉ちゃんばっかりおったやろ?」
私:「は?そーやっけ?」
妹:「そうやった。で、男の店員は全員鼻の下伸ばしとった。仕事中にお姉ちゃんの椅子を引っ張ってみたり、店内がキャッキャウフフな感じでさ、子供心に「うざ」と思ったもんや」
私:「マジでか!全然気付かんかった・・・」
妹:「つまり、男女間での凶行が発生しやすい環境やったわけ。それにしても、あのMの空気に気付かんとはアンタも相当どうかしてるわ」
私:「・・・・・・」


・・・・・・何やらやり込められた感があるが、男女関係をこじらせて危うく凶行、なんてことはどこでだって発生しているのであって、この彼女流の戯画化(美人ぞろいってのはホントらしいけど)を半笑いで聞き流したのだが、ここであえて注目したいのは、一旦恋愛感情(思い込み含)が絡むと「途方もない感じで理性のタガが外れ、一気に死ぬの殺すのってなっちゃう人」ってわりといるよね、ってこと。
そう、この間読んだ本にも出てきたばかりである。

森まゆみさんといえば地域密着型雑誌「谷根千」の編集者として有名で、生まれ育った下町の風土・文化を匂わせる独特のスタイルでの評伝やエッセイが人気の書き手だ。
生活者としての細やかな知恵と実感を大切にし、肝っ玉母さん風のガッツと朗らかさを持った人、というイメージを勝手に抱いていたが、雑誌作り奮闘記『「谷根千」の冒険』を読み、それが間違っていなかったことを知った。 『「青鞜」の冒険』は、サブタイトルにもあるように「女が集まって雑誌をつくるということ」に視点が置かれている。時代の空気を変えた才媛たちを活写するというより、自身の雑誌作りの経験から得た実務的なディテールと現場エピソードを織り交ぜ、比較検討しながら青鞜の女たち(特に平塚らいてう)の性向を探る・・・という著者ならではの評伝だ。
なので歴史的・文学的側面における目新しい考察や瀬戸内寂聴が描くようなドラマティックさには欠けるけれど、あの個性的な女たちの等身大の姿や息遣いを感じることのできる一作となっており、掲載された珍しい広告や文人たちとの交流関係も細やかに記されていて、時代背景や生活文化が垣間見えるのも楽しい。

私などはもともと興味が薄かったせいか、「青鞜」といわれても「元始、女性は太陽であった」という大仰な宣言に伴うご立派なイメージしかなかったのである。
ところがフタを開けてみれば、らいてうをはじめ田村俊子、尾竹紅吉、伊藤野枝ら多くのメンバーが入れ代わり立ち代わり、同性愛を含めいそがしく恋愛模様を繰り広げては編集後記やエッセイにそれこそキャッキャウフフな調子で私事を披露したり、堂々と彼氏に表紙デザインを描かせたりとけっこう好き放題なことをやっていて笑ってしまう。
はじめのうちこそベテラン陣(与謝野晶子野上弥生子岡本かの子・・・)からいい原稿を取ってきたり、家事を放ってでも原稿を書く時間は惜しまない快進撃をみせた彼女たちだったが、校正、営業、集金といった作業には手を抜きがちだったようで(苦笑)、号によってはあり得ないほど大量の誤植を出したり、大事なスポンサーへの配慮が杜撰だったり、著名人の奥方が書いた下手な小説を掲載したり・・・と短期間のうちにグズグズになってしまうあたり、時代の先端をゆく才女をもってしても、こういう活動を継続するのは想像以上に大変なことなのだなと思う。

ほんの思いつきみたいに心中未遂をやらかしたらいてうはその後若いつばめに走り、伊藤野枝はダンナと幼子を捨てて大杉栄に走り、その大杉は愛人の一人に刺され・・・という一連の悶着はご存じの通り。
「新しいものを生み出した」発想と行動力は素晴らしかったけれど、もしかすると同時代のイジワルな人に「青鞜は凶行が発生しやすい環境なのよ」なんて言われていたかもしれないですな。


(2013年11月1日記)