an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

読んだ本とか

パリでいっしょに

パリでいっしょに

セレブリティによる“パリ暮らしエッセイ”などといってしまうと掃いて捨てるほどありそうだが、アメリカを代表するゲイ文学者による年下の恋人との暮らしと彼らを取り巻く人々を描いたこのエッセイは、いささか風変わりな一品といえそうだ。
妻子を捨ててホワイトのもとへ走った(!)ユベールというフランス人青年について、読者はプロローグでさらに劇的な事実を知らされる。

ユベールは一九九四年三月十七日の夜明けに、マラケシュで息を引き取った。その同じ日に、私はこの序文を書いている。
(中略)私はいま、彼の美しいアート・ペンを使ってこの原稿を書いている。私には絶対にさわらせてくれなかったペンだが、今日は、他に書くものが見つからなかったのだ。それに私はこれで書きたかった―というより、書かずにはいられなかったのだ―この悲しみに、何か形を与えたかったのだ。

愛おしい過去を綴ることに没頭し、一時でも悲しみから逃れようとしたのだろうか、パリで静かに過ごす二人(ユベールはエイズで闘病中でした)の前を次々と通り過ぎてゆくおかしな人たちのユーモア溢れるスケッチは、とても最愛の人を喪って間もない人の手によるものとは思えない。
時折ピリリと効いたイロニーをのぞかせつつ、老娼婦や正体不明の神父やカンボジア人移民、そして「コム・デ・ギャルソンのスタイリストがついていると言ってもおかしくないようなコーディネーションの服を着ている」ホームレスや隣のおばさんのふとした仕草にあらわれる小さな優しさ・・・パリという懐深い街に住む人々をいきいきと描き、そこにビアズリーを思わせる繊細なラインの挿絵が華を添える。洒落た一品です。

この本には意地の悪い箇所もあるし、有名人の名前を無闇に出したり、茶目っ気に走ったりしすぎるところもあるだろう。それでも、ほんの一握りの読者だけでもこの本に流れる底流が愛であることを見抜いてくれたらと願っている。
ユベールは、献身的で揺るぎない愛情を私に注いでくれた。ひとたび、妻を、仕事を、そして自分の国を捨てて私と一緒にアメリカに来ることを決意してしまうと、決してあとを振り返らなかった。(中略)われわれの愛は、異性のカップルと何ら変わらない、神々の祝福を受けた愛だったのである。


◆『王様の背中』内田百輭
見開きいっぱいに谷中安規の版画、これは著者が百鬼園先生でなくても欲しくなる。

      

タイトルからもお察しいただけようが、「はてこれは一体・・・?」と思いながらするする読めてしまう百輭流ナンセンス童話集だ。アンポンタンや動物がたくさん出てきて楽しい。
どのお話も、ただ読んだ通りに受け取つてくださればよろしいのです。
はい、そうします。
「ヒマラヤ山系」こと平山三郎氏の生真面目な感じの解説も読みごたえがあってグー。



◆『町工場・スーパーなものづくり』小関智弘

町工場・スーパーなものづくり (ちくまプリマーブックス)

町工場・スーパーなものづくり (ちくまプリマーブックス)

“小説を書く旋盤工”として有名な小関さん。
高村薫の工場モノ(『わが手に拳銃を』とか『照柿』とか)は夢中になって読んだし、いつぞや直木賞を取った『下町ロケット』もとてもおもしろいらしいし、なんにしても「モノを作る人とその現場」の話が好きなのだな。

伊勢神宮の和釘の話に始まり、大昔からの職人技と最新の超精密機械のそれぞれのメリットデメリット、そして「知恵と勇気とちょっぴりのお金」に今日も頭をフル回転させる町工場の職人たち。目を輝かせ、身を乗り出して一生懸命取材する小関さんの姿が目に見えるような本である。
さあ一緒に、レンズとネジと金型と研削盤の世界を覗こうではありませんか!



(2012年8月18日記)