an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

柘榴のスープ

以前取り上げたグルジアもそうだが、イランという国も、まあたぶん生涯訪れることはなさそうだし、ペルシアという古名から漂う漠然としたイメージはあるものの、「よく知らない外国」のひとつだ。今回は、その「よく知らない外国」で生まれ育った女性たちが作った魅力的な作品を紹介しよう。

目にも鮮やかな装丁と魅惑的なタイトル、著者は思わず凝視してしまうほどの美人であるし、加えて訳者の渡辺佐智江は、アルフレッド・ベスターのSF大作『ゴーレム100』(←これ読んだ方おられますっ!?)で、『フィネガンズ・ウェイク』(←これも読んだという方おられますっ!?)の柳瀬尚紀ばりの見事な超訳をものして、あの山形浩生を驚嘆させたただならぬ女。・・・これは読まねばなるまいよ。

◆マーシャ・メヘラーン著『柘榴のスープ』

動乱期のイランから逃げるようにしてロンドン、そしてアイルランドの片田舎にたどり着いた美しい三姉妹。彼女らがオープンした<バビロン・カフェ>で作られる素晴らしい料理の数々は、偏狭で保守的な村人たちをたちまちトリコにしてしまうのでした・・・なんとも微笑ましい幕開け。まるで魔法のように人々に活力を与えるシーンの中、ふいに三姉妹たちがそれぞれ母国で癒しがたい傷を負った経緯と回想がおりこまれ、スイートな中にもぴりりとスパイスをきかせた絶妙の味付けがなされている。陽だまりに忍び寄る影のように、アイルランドの自然を背景に深い陰影を刻みながら物語は進む。やがて迎える喜びに満ちたフィナーレ。
姉妹を中心とした女性の容姿や物腰が、しっとりした艶かしさを醸し出しているところなどはさしずめ媚薬入り、といったところか。
各章ごとに郷土料理のレシピが載っているのも目にも楽しく気の利いた飾り・・・と思いきや訳者はそのほとんどを作ってみて、しかもおいしくいただいたそうで、ちゃんとした実用的レシピなのだった。柘榴のスープか・・・どんな味やろ?

イラン映画といえば、世界的に有名なアッバスキアロスタミ監督の作品がまず思い浮かぶ。土地とともに生きる市井の人々を控えめな演出で描き、特に何事かが起こるでもないのだが、滋味溢れる愛すべき小品をたくさん撮っている。『友だちのうちはどこ?』や『桜桃の味』などは私の大好きな作品で、機会があればぜひ観ていただきたいと思う・・・が、今回紹介するのは、若いイラストレーターが自身の体験をもとに作った一風変わったアニメ映画だ。

◆マルジャン・サトラピ監督『ペルセポリス

両親とおばあちゃんの愛を一身にうけて育ったマルジは利発で好奇心旺盛、時にはママを心配させるほど強い意志を持つ女の子。(いかにもそんな顔をしているところが可笑しい)
イラン革命、叔父の獄死、イラクとの戦争、ウィーンへの留学、結婚の失敗、そして故国を離れフランスへ・・・波乱万丈ともいえる半生を描くのだが、シンプルなラインで描かれるごく単純な表情とモノトーンでフラットな画面は、ゴージャスなCGアニメを見慣れた目にはかえって新鮮だ。どこの女の子もみな同じ、アメリカの音楽やダンスや恋に夢中になり、そんな自分をおさえつけるものに黙って従わないばかりか、全編にわたってシニカルな視線とささやかな反骨精神がちりばめられていて、なかなか面白い作品である。この軽やかさとにじみ出るユーモアはアニメならでは。
現代イラン女性の自由で豊かな発想を、楽しく味わえる一作だと思います。


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言葉はたくさん知っているほうがいい。
それはいわゆる「もの知り」というのとは違って、言葉に貪欲かつ敏感であること、またそれについて考えたりイメージを膨らませたり、誰かと取り交わしたりして「自分のもの」にしていくこと・・・こうして多くの言葉を知り、大切に扱うようにしていたら、人のこころを思いやったり、身近なものを慈しんだり・・・が自然にできるようになるんじゃないだろうか・・・と思ってみたりしたのだ。この本を眺めながら。

◆高橋順子著・佐藤秀明(写真)『雨の名前』

雨をあらわす風雅な言葉の中に写真とエッセイを織り込んだ美しい一作です。
どこかで見かけたら、ぜひ手にとってみてください。

ところでこの高橋順子さんという方は詩人で、作家の車谷長吉の奥様だそうだ。
車谷長吉といえば『赤目四十八瀧心中未遂』というたいそうなタイトルの小説があって、これがまたなんとも陰気なシロモノなのだが、登場人物が怪しいはみ出し者ばかりのなかなか読ませる一品で、こういったものを読みつつ現代日本格差社会に思いを馳せてみるのもまた一興かと。

・・・それにしても、こんな知的な奥様がいたとはちょっと意外だったな。
ついでながら、話題の小説の映画化はたいていパッとしないものなのですが、これは映画のほうも大変な力作です。おすすめ。

(2009年8月7日記)