an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『ポートレイト・イン・ジャズ』村上春樹

ポートレイト・イン・ジャズ (新潮文庫)

ポートレイト・イン・ジャズ (新潮文庫)

ちょいと聴きかじったところでビル・エヴァンズにソニー・クラーク、ビリー・ホリデイにロン・カーター。演奏を聴いたのは、京都の薄汚いライブハウスでの最高に無愛想なピアニスト、大西順子。・・・ブルーノートは高すぎます。
大いに興味はあるものの、ジャズの世界は大海に小船で漕ぎ出す如し、ピンポイントで聴きこむ知識もなけりゃ手当たり次第にCDを買いあさる予算もありゃせんわい、という私やあなたのためのエッセイ風ガイドブックです。このテの読み物では寺島靖国さんのものも面白いのだけど、和田誠のvividなイラストで本作に勝負あった。

だいたいジャズ・ミュージシャンというのは、いろんな意味でとてつもない人が多く、興味深いエピソードや「ちょっといい話」にはことかかない。それをかの村上春樹が時に自身の思い出話をおりまぜつつ(このバランスが絶妙であるな)、小粋な文章に仕上げている。プロの聴き手でありながら、マニアックな解説にはしらず、世間的な評価にもこだわらず、「これを聴くべし!」といったおしつけがましさとも無縁。
眠れない夜に少しずつ読みすすめたい愛すべき小品だ。
人生にほんの少しだけ彩を与えてくれるような、幸せな邂逅があるかもしれません。
著者がビリー・ホリデイの音楽に出会ったように。

これまでにおかしてきた数多くの過ちや、これまでに傷つけてきた数多くの人々の心を、彼女がそっくりと静かに引き受けて、それをぜんぶひっくるめて赦してくれているような気が、僕にはするのだ。 もういいから、忘れなさい、と。
彼女は歌う、
   When you are smiling the whole world smiles with you.

そして世界は微笑む。信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこりと微笑むのだ。

(2007.6.9記)


>追記
ジャズ・ガイドブックにはおもしろいものがたくさんあるようです。
こちらもどうぞ。