an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

芥川賞とかウェッジ文庫とか

そうですね、ここ数年は大森望さんと豊崎由美さんの“文学賞メッタ斬り”が大変おもしろいので欠かさずチェックして最近の日本文学の動向を追っております。その影響で文藝春秋の選評もわりと読んでおります。
で、受賞作は・・・・・・読まないな。うん、全然読んでない(キッパリ)。
・・・という私みたいな人でも今回ばかりは「こ、これは読みたいかも・・・いや、読まねば!」と思われたのではなかろうか。
マリコとケンタ(by豊崎社長)」、この並びはすごかった。衝撃的、といっていい。

残念ながら私はお二人とも読んだことがない。
朝吹真理子さんは、その美貌もさることながら何か深い知性を感じさせるたたずまいで、血統をとやかく言う野暮は承知だが、「こういう空気を纏った女性を一代でつくり上げるのはたしかに無理かも・・・」と思ってしまう。不思議なタイトルのその受賞作は、一瞬とも、あるいは永遠とも思える時の流れを、二人の女性の目線を通して自由自在に織り上げた散文詩のような雰囲気を持ったものだそう。読むのが楽しみだ。かの“メッタ斬り”コンビが「もしこの作品が受賞しなかったら自分はアタマを丸めてもよいが、その場合は選考委員全員がアタマを丸めるべき」と言ってて可笑しかったな。
一方、西村賢太さんのほうは察するに・・・「車谷長吉中上健次をよく混ぜて、トホホ風味のお出汁を加え、仕上げにバイオレンスなスパイスもちょっぴり効かせてそのへんにざっとぶちまけたような感じ」かしら、近々読んでみようくらいに思っていたところへ今回の快挙。
なんかもう想像通りの風貌で(笑)「いかにも」なコメントを連発、期待を裏切らないねえ。


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読書通を唸らせる文庫シリーズは数あれど、こういうタイプの文庫ばかり出しているところって、ちょっと珍しいような気がする。
一言でいってしまえば、日本の古い時代や文化のことを書いた地味めのエッセイが多いのだが、なんというか、文庫シリーズ全体が「誰か個人の嗜好を思わせるような」セレクトなのである。しかも超マイナー志向。そこがおもしろいなー、ウェッジ文庫は。
以前、立花隆NTT出版を評して「本体が稼いでいるから出版で儲ける必要がないわけ。だからいい本が出せるんだよね。」みたいなことを言っていて、ははあ、なるほど。金持ちで頭がよくて趣味がいいご隠居の道楽みたいなノリで本を作っている人もいるのね、と思ったものだった。このご時勢になかなか贅沢な話であるし、上等な道楽の成果をおすそ分けいただけるならありがたいことだ。なにしろバックは天下のJR東海。・・・にもかかわらず最近休刊になってしまったのは、さすがにこのラインナップが渋すぎたか・・・。http://wedge.ismedia.jp/category/paperback/
さてそんなウェッジ文庫の中から、私の本棚にある2冊をご紹介したいと思う。
前回の日記でペンギンブックスをとりあげつつ「日本は文庫の表紙デザインをなんとかしろ」的な苦言を呈してしまった私だが、いやいやこれはなんともステキな表紙。
一目見て「これは絶対におもしろいはず!」と手にとったものばかりだ。


◆『明治・大正 スクラッチノイズ』柳澤愼一

明治・大正スクラッチノイズ (ウェッジ文庫)

明治・大正スクラッチノイズ (ウェッジ文庫)

和田誠さんによる表紙イラストがキュートで心躍る。
著者はジャズ歌手であり俳優であり、知る人ぞ知る御方らしいのですが、かろうじて私が反応できたのは「奥様は魔女」でダーリンの声の吹替えをなさっていた方ということで、うん、それでなんとなくイメージが掴めた。
本作は「明治〜大正の社会・風俗・政治・教育・文化、そして大衆芸能の出来事を、ヒット曲にのせて縦横無尽に語り倒したジャズ講談」なるもの。
やたらと物知りでハイカラなおじさん、ウッドベースの軽快なリズムに合わせて、ゴキゲンなおしゃべりがさあ止まらない。ニヤニヤするエピソードてんこ盛り、次から次へと奇人たちが疾走していくこの爽快さ!黎明期のジャズ・ミュージシャンが多く登場するので、古いジャズがお好きな方にもたまらない1冊のはずだ。
また、「権力」のにおいが少しでもするものをからかっている視点も見逃せない。たとえば明治16年鹿鳴館が完成。

正面玄関のガス灯が、鹿鳴館という文字を夜目にも クッキリと浮び上らせ、真っ白に塗られた洋館は「爾後、力になってくださる列国の如何なる色にも染めてみせますよ!!」みたいな感じ。但し宮中の雅楽部と陸海軍の軍楽隊からピックアップした楽員故に、実態は弦なしのブラスバンドがプカプカドンドンという態為。

明治22年憲法が発布された年。

時の文相森有礼は、国民全部で寿ぐ言葉はないものかと知恵をしぼり「奉賀」を部下に高唱させたところ「阿呆」と聞こえかねないと不評を買った。
さればとて漢書を読み漁り、寿命や運命の良きことを祝して萬歳と唄う事例を見付けて思わず万才と叫んだという。


◆『明治少年懐古』川上澄生

明治少年懐古 (ウェッジ文庫)

明治少年懐古 (ウェッジ文庫)

詩人であり、版画家であり、英語の教師も勤めた川上澄生は自らを「へっぽこ先生」と称したとか。
これはタイトルどおり、子どもの頃のささやかな記憶をまさぐって書かれたシンプルな読み物だが、ページはすべて四角いフレームで囲まれていて、やや太めの字体の旧かな遣いには独特のレトロ感が漂い、さらに一つ一つのエピソードに添えられた版画のイラストが「どこか遠いところのおはなし」のような、不思議な情緒を醸している。もうビジュアル的に勝ち(笑)。
文章には、何不自由なく育ってきた人の品の良さがにじみ出ていて、ぷかぷか雲が浮いているような“のほほんとしたしあわせ”がある、とでも申しましょうか。
「俥屋さん」「雀さし」「でいでい屋」「薬売り」・・・もう現代では跡形もなく消えてしまったものがたくさん描かれているのだが、私のお気に入りの一つ「郵便屋」冒頭部をご紹介しよう。

郵便屋さんのおぢいさんは私のうちの門に郵便箱があるのだが、それには入れないで縁先まで持って来るのであつた。そして縁側に腰掛けて隠しから鉈豆煙管をとり出して一服やるのであつた。すると私の母はお茶を入れて出す。「一日にどの位歩るくのですか」「さうですね、五里位歩るきますかね。」といつたやうな話をしてまた出かけて行く。郵便屋さんは日に焼けた皺の深い老人らしい小さな人だつた。饅頭笠をかぶり小倉の洋服を着てそして草鞋をはいて居た。

「洋燈(ランプ)は時々ぢいぢい鳴く。」で始まる「洋燈」もとてもいい。
・・・これはまさしく詩人の文章だな。



(2011年1月26日記)