an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『ピーターとペーターの狭間で』青山南

洋画の邦題が見当ハズレでなんだか居心地悪かったり、翻訳口調が苦手で洋物に手が出にくかったりするわけです。変換だけではつとまらぬ。分解、そして再構築。翻訳家には卓越したセンスと特別な才能が必要です。この本は、そんな翻訳作業の身悶えを軽妙タッチで綴った笑える“翻訳うらばなし”です。
 
やたらと“Hi”ばっかり繰り返す登場人物に辟易したり、“Kir”(キールね)がわからず苦悶したり、原音主義に振り回されたり、いや全くコトバの壁は厚い。
また、「本の訳題をめぐる苛烈なたたかい」のひとつとしてJ・アーヴィングの“The World According to Garp”(映画しか観てませんが、面白い作品ですよね)を取り上げています。『ガープ的世界の成り立ち』、『ガープが世界を見れば』、『ガープ的世界』、『世界、ガープ発』、『ガープによる世界』、『ガープによる世界解釈』等々を経て、現在では誰もが知ってる『ガープの世界』に落ち着くのです。今はピターッと嵌っていることが、実は笑える紆余曲折を経ていると。他にも黒人のイナカ者はなんで東北弁なのか・・・など翻訳にまつわるトリビアルなネタ満載。特に現代アメリカ文学がお好きな方や村上春樹ファンには大いに楽しめる一冊でしょう。

私たちが定訳と信じて疑わない『ライ麦畑でつかまえて』を村上春樹はあえて『キャッチャー・イン・ザ・ライ』にしていたけれど、これはけっこう挑発的・・・かもしれない。
(2006.6.16記)


>追記
春樹がタイトルを原文のままにするのは「素人だからじゃない?」(by柳下毅一郎)との発言に目からウロコ。
いつだったか、この人のお兄さんが詩人の長田弘と知って驚きました。
最近ではケルアックの『オン・ザ・ロード』の新訳などご活躍中。