an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

移動祝祭日

◆A・ヘミングウェイ『移動祝祭日』◆

移動祝祭日 (新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)

20年代のパリは「音楽、美術、文学、あらゆる面で、新しい芸術を指向するエネルギーが沸騰して」おり、「ストラヴィンスキーコクトーピカソ、ミロ、ジョイス、スタイン、パウンドら、当時のパリの芸術シーンを彩ったアーティストたちの顔触れを振り返ると、それはまさしく天才たちが姸を競った時代だった(訳者解説より)」ということはうっすら知っていたけれど、こうして次々と綺羅星のごとき芸術家が登場する本書を読むとさすがに「えらい時代があったもんだ」と興奮する。
会話が多く挿入されるので、これまで想像もしなかった芸術家たちの人柄がそこはかとなく、あるいは鮮明に浮かび上がってくるところが本書の大きな魅力である。
エズラ・パウンドが実は友達思いのとてもいい人だったり、T・S・エリオットが銀行員だったり(か、金勘定をしていたのか・・・)、シェイクスピア書店の店主シルヴィア・ビーチが冗談好きの愛すべき人だったり・・・等々は楽しい発見だったし、ご存知フィッツジェラルドとのやりとりはまるでコントのようだ。
ヘミングウェイは22歳、まさに弾けるような若さで、聡明な妻・ハドリーに夢中、みたいに書いているけど、まさか彼女一筋ってわけじゃないんでしょ・・・と思ってたらホントにそんなわけなくてちょっと笑ってしまったり。


      イメージ:映画『ミッドナイト・イン・パリ』より


競馬を楽しみカフェのウェイターとの小粋なやりとりを楽しみ、微かにアコーディオンの甘い音色が流れてきそうな四季折々のパリの美しい街並み、風変わりな芸術家たちとの交遊エピソードの数々・・・セピア色の甘い記憶を振り返るヘミングウェイの遺作。
浮かんでは消えるシャンパンの泡のごとく儚い祝祭の日々を、ぜひ味わってみてください。

私たちがだれであろうと、パリがどう変わろうと、そこにたどり着くのがどんなに難しかろうと、もしくは容易だろうと、私たちはいつもパリに帰った。パリは常にそれに値する街だったし、こちらが何をそこにもたらそうとも、必ずその見返りを与えてくれた。が、ともかくもこれが、その昔、私たちがごく貧しく、ごく幸せだった頃のパリの物語である。

(2013年2月5日記)