an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

クートラスの思い出

ロベール・クートラスという人をご存知だろうか。
10代のうちからフランスのあちこちで石工などの職人として働き、パリに出てからはアーティストとして油彩画、グアッシュ(透明感のない水彩)、デッサン、テラコッタなど多数の作品を残した。中でも、タロットを思わせる「カルト」と名付けれたユニークなカードを何千枚も描いたことで知られている。
以前ネット上のどこかでそれを目にしたときは、「へえ、なんかカルタみたいでかわいい。一つ一つに意味があるのかな?・・・それにしてもこんな金にならんもんを憑かれたみたいにどんどん描く人ってのもちょっと変わってる・・・」くらいのぬるい感想しか持たなかったのだが、先日こんな美しい本を発見したのだ。
岸真理子・モリア『クートラスの思い出』

彼の最後の恋人(・・・というか、もっと曖昧で複雑な関係なのだが)であり、全作品の管理を託されたのが日本人女性だったということに軽く驚き、改めて彼の軌跡を追ってみることに。


      



      

カルトを手に取る度に、クートラスが繰り返し話してくれた思い出話が囁くみたいにゆっくりだけどリズミカルで澄んだ声音とともに、彼の国の言葉で聞こえてきた。
それはアルゴ(スラング)という、彼の絵の世界みたいにイメージでいっぱいの言葉を散りばめたフランス語だった。それをそのまま書き取っておいた。

クートラスのモノローグと真理子さんのため息まじりの呟きが入り混じり重なり合って共鳴しあうような、ちょっと不思議な肌触りの文章だ。
断片的な記憶を追ったところなどは散文詩のようだったり。
パリという街はとかく華やかに語られがちだけれど、いつも寒くてお腹をすかせていたクートラスにとって、パリは暗くて寒い灰色の街だ。その陰鬱を少しでも忘れたいということもあったのだろうか、彼はたくさんの女性に夢中になり、あちこちに恋の花を咲かせる。アーティスト仲間、画廊関係者、パトロン的なファン、マスコミ、その他著名人たち・・・交流関係がやたらと広く、その中でまるでダブルスのペアを組みかえるように、チョコレートをひょいひょいと口に放り込むように、次から次へと気軽にお相手を取り替えてゆく(あるいは複数同時進行)。読んでいて思わず、おいおいおいおい君らはひょっとして誰でもええのかー!?という動揺が私のアタマをさかんに過ぎったけれど、もしかしたらそうなのかもしれないな。1人でいることを恐れるあまり、多くの女性を追ったり、絵を描いたりしたのだろうか。 そうして、満たされることはあったのだろうか。

クートラスは材料を吟味して使っていく優秀な職人でもあった。
そして職人らしい常識と、美しいものに対する愛情、剽軽さが、手探りの暗闇の世界で彼を導いたのだと思う。人間なら誰でも持っている暗く、悲しく、辛いものがうようよしている奥底で、クートラスが出会った“微笑の天使”がカルトや、テラコッタ、グアッシュかもしれない。

ユーモラスでかわいらしいデッサンも多く掲載されていて楽しめます。おすすめ。



(2011年12月16日記)