an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

編集グループSURE

mixiでまだレビューだけを細々と書いていた頃、「あなたの紹介する本は面白そうだけど、本屋さんにないことが多くて残念・・・」というようなメッセージをもらうことが何回かあった。その度に「・・・そう言われればそうかも。でもネットで簡単に、しかも廉価で入手できるものばかりだけどな・・・」と思ったものだ。手にとって中身が確認できないという不満はあっても、私が読んでいる本くらいは、欲しいと思えばPC上の操作一つで必ず手に入る。
しかし!ここにきて私はついに、本屋さんに置いてないどころかネットで買えない本までも読むようになってしまったのだ。
一般読者向けに書かれているのに、一般流通されていない本。
普段から古書店に出入りしているような人には一笑に付されることではあるけれども、ごく一般的な本読み人である私にとっては、また一歩「けもの道」に足を踏み入れてしまった感(笑)を覚えずにはいられない。

・・・・・・つまらない前置きすいません。
京都市内においても、他と画してとりわけハイブラウな地域として知られる左京区
そこに“アマゾンでは買えない本”を出している小さな出版社「編集グループSURE」がある。http://www.groupsure.net/ 鶴見俊輔さんの熱心な愛読者ならご存知だろうか。
創始者である北沢恒彦氏は、朝鮮戦争反対運動やベ平連に参加(・・・そう、この出版社は「思想の科学」の落とし子といえましょう)、京都市役所を定年まで勤め上げた後、大学講師をしつつ「編集グループSURE」の主筆として活動するが、65歳で自死している。
その生涯を追った『北沢恒彦とは何者だったか』がまもなく刊行されるようで、こちらもぜひ読んでみたい作品の一つだ。

最初にここの本を買ったのは、鶴見俊輔の恐るべき交流の広さとその独特の文体が楽しめる『悼詞』だが、今回は『アイヌ語のむこうに広がる世界』を選んでみた。
アイヌの言葉、そして文化とはどんなものだろう。
・・・北海道旅行で見た“観光用”アイヌ・コタン、色鮮やかな木彫りのアクセサリー、夭折した知里幸恵アイヌ民話「ペナンペ・パナンペ」(←アイヌ版「いい爺さん・悪い爺さん笑話」です。小学生男子並の下ネタ満載)、アイヌ酋長の活躍と悲劇を描いたみなもと太郎の歴史漫画『風雲児たち蝦夷史)』、武田泰淳の迷作(←?)『森と湖のまつり』・・・思いつくのはせいぜいこんなもんで、要するにあんまり知らないので知りたいな、というのがきっかけである。
本書は中川裕さんというアイヌ語学者を囲んだ座談会形式になっており、表紙の雰囲気同様、リラックスして読める本だ。
アイヌ語母語とする人がいなくなっていく現在、研究者としてどういう立ち位置でいるか、記述言語学や言語地理学にはどのような意義があるか等々、本来ならば退屈になりそうな学術的な話題についても、対話者の「え、それはどういう意味?」という問いかけに丁寧に答えておられるので、こちらの興味が途切れることはない。
アイヌ語は日本語とはまったく違う構造を持つ言葉で、近隣にいながら何故それほど違うのかはよくわからないとのことだが、世界の希少言語にもそういった例が数多く見られるそうでおもしろいことだ。単語の訳し方ひとつにしても一筋縄ではいかない。
例えばよく知られているアイヌ語に「カムイ」という言葉があるけれど、中川氏曰く・・・

普通「神」って訳されますが、それでは困るんです。それで僕は「自然」のほうが、まだ意味が近いと言ったりしますが、それでも非常に違和感がある。(中略)カムイというのは、なにかこの世の中で役に立つものを、人と同じようなものとして考えてそう呼んでいるんです。それを人間と同じように意志のある、精神のあるものと見なして、それと人間が一つの社会をつむいでいく、そういう存在。それをカムイと呼ぶんです。

・・・違う言葉を話すということは、違う世界を見ているということなのだなあ・・・
言ってしまえば自明のことかもしれないが、それを確かな手ごたえとして感じたことであった。



(2011年5月25日記)