an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『ゾマーさんのこと』パトリック・ジュースキント

ゾマーさんのこと

ゾマーさんのこと

「ぼくがまだ木のぼりをしていたころ−遠い昔、ずっとずっと昔のこと−身長は一メートルと少し、足のサイズは28、体重ときたら空が飛べるほど軽かった。ウソじゃない、あのころはほんとうに空を飛べた。」

ドイツの小さな村に住む坊やのグローイング・アップ・ストーリーです。
初恋、木登り、自転車、ピアノ・・・なかなかの饒舌ぶりでめくるめく少年の日々を綴ります。
一心不乱に村中をひたすら歩き回るゾマーさん。村の大人たちは「じっとしていられない病気の人」と片付けているが、ある時ゾマーさんの表情を見て多感な少年はこう思うのだ。「あれはおびえている人の顔。あるいはノドの渇いた人の顔。雨のただ中にいてもノドが渇いている、そんな人の顔」・・・ 訳者はゾマーさんの戦争で負った心の傷を示唆しているが、物語の中で具体的にそういうものを表現しなかったのは正解だ。ミステリアスななにものかを抱えたまま、少年は大人になっていく。

もうひとつ、この本の大きな魅力がJ・J・サンペ(フランスの漫画家です)の挿絵なのだ。水彩画のようなやわらかな黄色と緑が少年期特有のみずみずしい感性を鮮やかに、そしてユーモラスに描き出す。
もう空を飛べなくなった大人のための物語です。特に日常が灰色の人(私やん!)ぜひ一度手にとってみてください。贈り物にもぴったりです。
(2006.3.24記)


>追記
佐野洋子さんもこの本がお好きだとか。
私は未読ですが、サスペンス小説『香水』と同じ著者。幅広い作風です。

こちらは未読。映画ではベン・ウィショー君が演ってたな。

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)

香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)