an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

読んだ本とか・・・その②

さて次は・・・そうねえ、「新進気鋭の学者つながり」でどうだ。


◆『カブラの冬』藤原辰史◆

サブタイトルに「第一次世界大戦期ドイツの飢饉と民衆」とあり、ざっと内容を紹介すると、敵国イギリスに海上封鎖されたドイツは食糧輸入が途絶え、当時の農業政策や食糧管理の杜撰さ、飢饉、民衆の混乱した行動など複数の要因が重なって、考えられないほどの餓死者を出した。その実態と原因を探ることが主題であるが、とりわけ、その苦い飢餓の記憶がナチスの台頭に少なからず影響を与えたということ、つまりは「食い物の恨み」のナチズムへの連続性を歴史的に俯瞰、考察しようという新しい試みでもあるのだ。
第一次世界大戦のことなどほとんど何も知らぬし、勤勉実直・質実剛健たるイメージのドイツが、こともあろうに政府の見通しの甘さと怠慢(と数々の不運)によってこんな悲惨な状況に追い込まれていたとは驚きだったし、骸骨のような人々が虚ろに徘徊し憎悪を深めてゆくさまとナチスの行進が重なり合い、うっすら背筋が寒くなるほどだった(ハネケの『白いリボン』、あの空気ですよ!)。
本書は大学の講義をまとめたものであるらしく、グラフや写真や註なども充実していてわかりよく、私のような門外漢でもそれほど難儀せず読み進めることができる。 興味のある方はぜひどうぞ。

ちなみに著者はこういうハードな研究内容とは裏腹に、福岡伸一中島岳志ラインの「つぶらな瞳と穏やかな笑顔を持つ童顔青年学者」。
こういうタイプの顔って、小っちゃいころからの無邪気な好奇心や探求心をそのまま持ってすくすく大人になったような雰囲気があって、なんとなく親しみを感じちゃいますねえ。

こちらも面白そう。

◆『蘇州の空白から 小林秀雄の「戦後」』(新潮4月号から)山城むつみ

小林秀雄が従軍記事を書いていたことを知る人は少なくないと思うが、じっくり読み込んだことのある人は、さあどのくらいいるだろう。
これは、小林秀雄が戦地で直に感じたであろう空気を手掛かりにして、戦場と日常、「ここ」と「そこ」について考察された一編である。
検閲によって破り取られた記事(←慰安所のことが書かれているのですね)の復元を試みる作業のことを書いた文章が随所で入れ子になっており、謎解きをするような高揚感も漂う、ちょっと不思議な感触の読み物だ。
で、肝心の内容はどうかといわれると・・・「読んでみてください」と差し出すほかないな、と。
なんとか言葉にできるのは、「なんという冷徹な洞察。こんなふうに戦場を語る人は初めてだ」という驚嘆と、「自分には関係ないとは言わせねえ」といわんばかりの、戦場での人間の在り様を突きつけられたショックだ。

ごく短いものだし、とても読みやすい文章なので(理解しやすいかどうかは別問題だが)、戦争ものノンフィクションを読んでも、どうも皮一枚のところで上滑りをしているような食い足りなさを感じる方に、せひ読んでみてほしいと思うのだ(そして感想を聞かせてください)。

くるいがわずか一時間程度のくるいだからこそ将兵たちは、それを感知できないままに日常から地続きにその入口に入り込んでしまい、その「ど強い」異常へと突っ走ったのではなかったか。
(中略)ならば、僕らも「そこ」の日常にあって自分だけはその感知できない入口に入り込まないなどと考えることはできないのである。
(蘇州の空白から 小林秀雄の「戦後」より)

こちらが著者の山城むつみさん。どうみても只者でない。



(2013年5月7日記)