an-pon雑記帳

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『五衰の人―三島由紀夫私記』徳岡孝夫

五衰の人―三島由紀夫私記

五衰の人―三島由紀夫私記

世に三島由紀夫の評伝なるものはゴマンと存在する(らしい)。しかしその大半は文学的、思想的、あるいは精神医学的アプローチにおいて、エキセントリックな一面を強調した少々バランスを失したものであったり、「三島由紀夫と私」的ナルシスティックな雑文であったりする(らしい)。それは手法のひとつとして理解はできても何か納得できない。・・・ホンマかいな、と。
この作品は文壇の外の人間、聡明な観察者たるジャーナリストによる仕事である。著者は三島由紀夫が決死の『檄』を託した、数少ない信頼に足る人物の一人であった徳岡孝夫。
何度かのインタビューや直接かかわったエピソードを通して、最後まで「彼は元大蔵事務官の素性を失わない、素面の常識人だった」として、一歩ひいたスタンスから冷静なまなざしで筆を進めている。そして、しばしば直面する困惑(時には反感)するような言動や、いいようのない違和感から他者の揺れ動く感情を探り、その死を、孤独を考察する。
「60年代の「造反電気」とでもいうべきものに帯電し、ビリビリ震えていた」東アジアの空気を要所におりまぜつつ、「その時」へと至る場面は圧巻である。著者とともに現場に立っているような錯覚におちいり、しばし呆然としてしまう。
そうか、そうだったのか・・・うまく説明はできないけれど、そこに確かに血のかよった一人の人間の姿が浮かび上がるのだ。三島由紀夫は、狂気の暴徒ではなかった。

とにかく一気に読ませる無類に面白い作品である(関川夏央による解説も秀逸)。
三島由紀夫に特に関心がなくても充分楽しめると思うし、ジャーナリストという、現場に生きる気骨の士を目指す方にも一読をおすすめする。
(2007.5.9記)


>追記
この本は私の三島由紀夫観に大きな影響を与えまして、今を以ってとても興味深い作家の1人として追い続けています。
徳岡さんの本ではこちらもおすすめ。

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