an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

中川六平という人

犀のマークでおなじみの出版社、晶文社の名物編集者に中川六平という人がいる。晶文社の本を何冊か愛読しているとはいえ、その名を知ったのはごく最近で、今年の9月に急逝されたことも知らなった。
その中川六平さんをよく知る二人が、京都で追悼対談をするという。
よっしゃ、とばかりに勇んで会場の小さな書店へ向かったのは、対談するのがこの二人だったからだ。

◆『古本の時間』の著者、内堀弘
◆『ボマルツォのどんぐり』の著者、扉野良人

古本の時間

古本の時間

ボマルツォのどんぐり

ボマルツォのどんぐり

内堀さんは、昭和の初期に小さな出版社を作った1人の青年を追った名著『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』でファンになり、本と古書店主をめぐる滋味あふれるエピソードを集めた近作『古本の時間』もすばらしかった。
パッと見はキッチュ松尾貴史を白髪交じりにし、柄谷行人を軽くMIXした感じ。こういった場で話慣れておられるのか、歯切れのよい先生口調だ。うん、私のイメージどおり。
もう一人の風変わりなペンネームを持つエッセイストは私の一つ年下で、本職はお坊さんである。著書はタイトルこそ澁澤龍彦にインスパイアされているものの(『ボマルツォの怪物』ね)、目次には「花咲き鳥うたう現実を拾いに−永田助太郎ノート」「辻潤と浅草」「彼、旅するゆえに彼−田畑修一郎」「能登へ−加能作次郎」「小田原散歩−川崎長太郎」等々が並び、思わずのけぞりそうになるほど恐ろしくシブい読み手である。
どんな老成したお方かと思いきや、フィギュアスケート織田信成選手を思わせる、人懐っこそうな笑顔を浮かべておっとり話す好青年だ。驚いた。
ボケとツッコミ・・・とまではいかなくとも(笑)、好対照でバランスのいい二人である。

傍聴者は出版社関係の方が多いらしく、周りは「やあ、どうもどうも」ってな調子の和やかなムードだ。・・・・・・私みたいな部外者がいていいのか?狭い会場内で募るよそ者感。
いやいや、坪内祐三『ストリート・ワイズ』、高橋徹『古本屋 月の輪書林』、荻原魚雷『古本暮らし』、そして『ボマルツォのどんぐり』と『古本の時間』・・・六平さんの作った本を5冊も読んでりゃここにいる資格あるだろ、と自分にそっと言い聞かせてみる。

追悼対談と銘打っているが、健在であったときから話題に事欠かない人だったようだ。
同志社大学に入って岩国で反戦デモに参加してそのまま反戦喫茶「ほびっと」のマスターになって鶴見俊輔に心酔・・・と聞くと、ある種のイメージが湧いてくるが、「六平さんはね、俺は誰々(←著名人)と知り合いだから、というようなことを仄めかす人間が、とにかく嫌いだったよね。」という言葉でその姿が明確になる。たたき上げの苦労人で権威に媚びる奴が大嫌い。本作りはズバリおおざっぱだったけど、埋もれた原石を見つけ出す勘は誰よりも鋭かった。
坪内祐三石田千ら少数の売れっ子以外は採算を度外視して「自分の読みたい本」を作った。著作の帯にトンデモな宣伝文句を書くかと思えば、ぐうの音も出ないほど的確な指摘をしたりする。親しい人間にはずけずけものを言ったが、皆に愛された。
ハラッパ的編集者(by山口昌男)、中川六平。なかなか魅力的な人である。


(2013年12月27日記)