an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

三月のいろいろ

朝からあんまり気分のよくない日だったような気がする。
ニュースでは「今日は花粉が多いです!」と警告していたし、毎月1回の煩わしい経理関係の打ち合わせに出向かなければならない日だったし。
やむなく今年初めて薬を飲んで出勤、案の定ものすごい眠気と倦怠感の中(←言うまでもありませんが薬の副作用です・・・絶え間ないくしゃみ・鼻水・涙目を取るか、猛烈副作用を取るか究極の選択)、「さあ、また年度末よ。去年は大変だったよね〜。がんばって乗り越えようね!」との励ましも上の空な感じで聞き流し、事務所に戻ったのが3時半くらいだったかなあ。しばらくして上司のよしりん(仮名♂)がPCモニタを眺めたまま「東北のほうで大きな地震があったみたいよ」と告げるが、絶賛副作用中の私は「ふーん」くらいの生返事しかしなかった。
ちょっと大きめの地震などめずらしくないし、めったなことはないだろうけど・・・ま、仙台在住の友人には一応メールでも入れとくかね。

・・・その返事は夜になっても来ず、なにやらざわざわと胸騒ぎがしたのがずいぶん昔のことのように感じる。それからはTVとネットを交互に眺めてただ呆然、時折こみ上げてくる嗚咽をぐっと飲み込むばかりで、何をしていいかも何を言えばいいのかもわからなかった。
それは今現在もあんまり変わっておらず、溢れる情報を前に何が正しくて何が間違っているのかもよくわからない。
・・・ここが踏ん張りどころだ。よく見てよく考えないと・・・何をするべきか、何をすべきでないか・・・・それにしても、もう桜の開花の声も聞かれるというのに、被災地では冷えこむ日々が続いているそうで、なんともやりきれない。

・・・こうした気負いと鬱屈とがフッと一瞬ほぐれたのは、たまたま目にした大阪大学総長の鷲田清一さんによる、卒業式の式辞を読んだときだった。
読んだ著作は少ないけれど、『モードの迷宮』『ちぐはぐな身体』などで衣服とファッションに絡めて身体を考察したり、『<弱さ>のちから』で“臨床哲学”(←ごく身近な日常生活の中の関係性に根ざした哲学、と理解しておりますが如何)を提唱したり、どれもおもしろく読んでおり、ちょっとしたファンだった。いつの間にかすっかり偉い人になられてしまったけれど、きっと気さくで話しやすいおじさんだと思うんだよね・・・

ツイッターでも多くの人に取り上げられていたようなので目にした人も多いと思うが、
まだ読んでいない方へ、もし興味があれば・・・

http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/president/files/h23_shikiji.pdf


人にはこのように、だれかから見守られているということを意識することによってはじめて、自分の行動をなしうるということがあるのです。
そしていま、わたしたちが被災者の方々に対してできることは、この見守りつづけること、心を届けるということです。



モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)

モードの迷宮 (ちくま学芸文庫)

ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)

ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)


(2011年3月28日記)