an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『田辺写真館が見た“昭和”』田辺聖子

田辺写真館が見た”昭和”

田辺写真館が見た”昭和”

直線的で鋭角的なイメージを持つ強い女ってのはまま見受けられるものですが、まあるい柔らかなイメージの強さを持つ女ってのは、そうめったにお目にかかりません。後者の必須条件はユーモア・センスと包容力じゃなかろうか・・・そして、作家でまず思い浮かぶのがこの田辺聖子さんなのです。
田辺さんの家は写真館を営んでいて、商売をしつつ家族の記念写真も多く撮ってきました。その中で戦火を逃れた貴重な写真に心に染み入る川柳を添えて、幼いころの記憶を書き綴り、大家族と使用人たちとの生活が関西弁でいきいきと再現されています。戦前・戦中という怒涛の時代の中で、昔をかぎりなく慈しむ包容力と人物描写のディテールに冴えるユーモアは、昭和の暗い影に差し込む柔らかな陽の光のよう。そして、豊かになったはずの私たちが、実はたくさんの大事なものをなくしてしまったのでは・・・というほろ苦い思いをもまた、させてくれます。

日本は、敗戦の日に生まれたのではなく、それ以前から厚みのある庶民文化がすこやかに機能していて、いろんな文化の花を咲かせていたことを、若い人たちに知ってほしい。戦前も、ハイカラで、贅沢で、それぞれの境遇に応じて、人々は人生を楽しんでいたことを知ってほしい。

そんな人々の生活を根こそぎ奪い去ったものの罪深さを、改めて深く考えさせられる一作です。・・・作者は一言も強制しないのだけれども。
(2006.9.10記)


>追記
今もとても好きな作家さんです。
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