an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『食卓の情景』池波正太郎

食卓の情景 (新潮文庫)

食卓の情景 (新潮文庫)

鬼平犯科帳』も『剣客商売』もすっとばしての初・池波正太郎にこのエッセイを選んだ私の見る眼は鋭かった・・・ワケでは全然なく、すでに名著で有名な一作です。
惣菜日記より始まる自分ちの台所事情と嗜好、子供のころの思い出の屋台、忘れがたき人と共にした名所・名物・・・食べ物にまつわる文章は、ネタにはことかかなくとも、どうにもその人の素の価値観(品性といいますか・・・)が出てしまうので人様に読ませるようなモノを書くのは、これ容易ではありませぬ。
料理の作り方を淡々と説明するだけのところもあるのだけれど、これが実にうまそう。余計なことを言わないのでよりダイレクトに伝わってくるのですね。絵を書く人(カバー画もそう)だっただけに、シンプルな表現の妙で豊かな風景を喚起させる文章です。
ほどよいノスタルジーと大人のユーモアがいい味付けになっており、思わず含み笑いするようなエピソードも多く退屈しません。
・・・渋紙を張りつめたような風貌の老船頭に酒を一升買わせ、小船に揺られて二人して冷酒をすすりながら、のんびりと、秋の陽ざしの明るい播磨灘をわたって行く・・・この贅沢。 たかが食い物エッセイとあなどるなかれ。大吟醸の味わいです。
(2006・8.5記)


>追記
小説にもおいしそうな場面がよく登場するそうです。
いつか読んでみたい。