an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

『ハレスはまた来る−偽書作家列伝』種村季弘

ドイツ文学者なんていうとついお堅いイメージを抱きがちだが、わが種村先生はひと味違うよ。贋作、盗作、インチキにパロディー、詐欺師にペテン師、山師カリオストロに謎の少年カスパー・ハウザー(W・ヘルツォークが撮った映画もたいそう変でステキでしたね)etc・・・。中世ヨーロッパに跳梁跋扈した、胡散くさくて怪しいものどもがどうにもお好きでたまらぬらしい。だいたいこのタイトルの「ハレス」ってのは誰だ。ドイツだからハンスじゃねぇのか、などと訝しみつつ本書を開くと、そこには目くるめく偽書作家の仮面舞踏会が!

冒頭のエピソードに登場するエーゴン・フリーデルなる作家曰く。
 「人類の全精神史は泥棒の歴史である。アレキサンダー大王はフィリッポスを盗み、アウグスティヌスパウロを盗み、シラーはシェイクスピアを、ショーペンハウアーはカントを盗んだ。停滞が出現することがあるとすれば、その原因は盗み方が足りなかったせいである。」
・・・この作品の幕開けにふさわしい大胆不敵な台詞である。

偽書作家たちは次々と大胆に、豪快にゲーテシェイクスピアの架空の作品を作り出し、偽家系図を売りまくり、あらゆる歴史的人物の書簡(マリア・マグダレーナに宛てたイスカリオテのユダの手紙だって!?)を偽造し、架空の古文書をデッチ上げて文化や歴史を改竄しようとした。・・・すこぶるつきに怪しい錬金術師ならぬ錬紙術師たちが当時の碩学をカモっていく経緯を綴りつつ、著者は思わずこう言う。「とにかくそういう馬鹿と利口、あるいは利口と馬鹿がいて、とてつもなく非常識な茶番劇をやってのけたのである。」

この奇人たちのなかには、勤勉で古典の造詣深く、あらゆる言語に通じ、クリエイティヴな感性を持った人物も少なくない。「偽書作りの動機には、金や名声目当てから愛国心のあまりというのまで、さまざまのレベルがある」のだが、動機はどうあれ、“敵(偽者)ながらあっぱれ!”と言いたくなるのは種村さんの語り口のおかげかな。
(2007.7.16記)


>追記
荒俣宏澁澤龍彦の本が好きな人はこの人も好きなはず!
私ももう少し読んでみたい。