an-pon雑記帳

表現者と勝負師が好きです。

ほかほかのパン

『誘拐』→『原発事故はなぜくりかえすのか』→『警察(サツ)回り』→『市民科学者として生きる』・・・と本田靖春さんと高木仁三郎さんの“現場もの”を交互に読み、それぞれ思うところが多かったので何か一つネタにしようとつらつら考えていたら、だんだん肩が凝ってきたのだ。
今の日本を見て、お二人とも草葉の陰で歯軋りされているだろう。せつないことである。気分をかえましょう。

・・・パンの話。そう、あなたも私も大好きなパン。
たまたまツイッター上での「パンの消費量は全国で京都市が一位。どんだけパン好きやねん京都市民!」・・・という呟きをふいに思い出しただけなのだが。
パンを好む地域といえばそりゃ神戸だろうという思い込みがあったので一瞬意外に思ったが、京都市内の北のほう(ここでも左京区か!)にはすばらしいパン屋さんがたくさんあると聞き及んでいるし、書店に溢れかえる京都グルメ雑誌は頻繁に「パン屋さん特集」なるものを企画している。
どうやら私の知らないうちに、京都はパンの大好きな町になっていたようである。

小さい頃、どことなく教訓めいた日本の昔話より異国の童話に惹かれたもの。
「かまどでパンが焼けました。」というような、目だけでなく味覚や嗅覚にまで広がる豊かな感触は、西洋文化への憧れの萌芽であったともいえようか。
馥郁たる香りを漂わせふっくらと焼きあがるパン。それはハイジがおばあさんのために集めた白パン小公女セーラベッキーに差し出したぶどうパンへとつながっていき、単なる「おいしいもの」をこえたやわらかな優しさのイメージをいっそう膨らませた。
わが国には、姿かたちの愛らしさと、具となる素材の味を際立たせる旨さとで日々の暮らしに欠かせぬ存在として堂々パンに匹敵する、その名もうれしい「おにぎり」があるけれど、「香ばしく膨らむ」という満ちたりたイメージにおいて、パンにその優位性を譲らざるを得ないのである。
・・・・・・って、こんなところでパンについて何を熱く語っておるのだ私は。

そういうわけで(笑)、パンがタイトルになっている本を2作ばかり選んでみました。


堀口大學詩集『幸福のパン種』堀口すみれ子編

幸福のパン種―堀口大学詩集

幸福のパン種―堀口大学詩集

ここに選ばれた詩には甘くてロマンチックなものもあるが、私が惹かれるのは、そっけないほど少ない言葉で書かれたごくごく短いもののいくつかだ。
それはまるで溜息かつぶやきのようだが、きれいな色が付いてたり、かわいい形をしてたりするのよね。
今日び堀口大學の詩を読もう、なんて人はあんまりいないかもしれないが、本当に必要な言葉は目下流行中のつぶやきよりも、案外こんなつぶやきの中に潜んでいるかもしれない。


◆『ほかほかのパン』太田浩一

ほかほかのパン (物理学者のいた街2)

ほかほかのパン (物理学者のいた街2)

最高学府の先生が自分の著作にこんなタイトルをつけるのがうれしいねえ(笑)。
サブタイトルは「物理学者のいた町2」、欧米の物理学者の生家や墓地のある街を訪ねて歩く、旅エッセイ・シリーズの2巻である。
物理学者といわれても、名前と功績がなんとなくわかるのがニュートンアインシュタインなど“歴史上の偉人”クラスまで、本書に登場する知っている名はというと、マクスウェル(・・・の魔物)、ディーゼル(・・・エ、エンジン?)、シュレーディンガー(・・・の猫)、ケプラー(・・・て、天体?)、ファラデイ(・・・で、電気?)くらいのもの、ほとんどが誰ですかそれは、しどろもどろ状態である。そんな私やあなたでも心配はご無用。

それでは皆さん、まずは聖人の島アイルランドから物理の旅を始めようと思うが準備はいかがですか。歩きやすい靴をはいていますか。

軽妙な誘いに導かれ、エイヤッと飛び込んでみれば、ディケンズが住んだカムデンタウン、漱石が通った古本屋「Elephant Castle」、貧しいピカソが住んだ「洗濯船」と呼ばれたパリのあばら家、ヘルダーリンが幽閉された塔のあるテュービンゲン・・・すべてのページ(!)に写真が所狭しと掲載され、かの地の空気を伝えてくれるし、有名な映画のワンシーンや詩の一節を挿入して気分をさらに盛り上げてくれる。
時折「物体が運動する座標系で放出する電磁波の運動量を計算すると、電磁波の質量は電磁波のエネルギーを光速度の二乗で割った値になった。」などといった箇所でうっ、と怯みそうになるが、ここで立ち止まらず、「ほお、なるほど。」とわかったような気になってすみやかに読みすすめるのがコツである。
お堅いイメージの物理学者とはいえ、こうして本のネタになるくらいの人物である。その時代時代に人生を翻弄される人や、愉快な変わり者がいろいろ登場してドラマティックなエピソードには事欠かず、最後までおもしろく読める一作だ。
・・・で、タイトルの「ほかほかのパン」はどこに登場するのかというと、女性物理学者、エミー・ネーターの章である。

彼女は一塊りのパンのように温かかった。彼女からは、おおらかな、元気づけるような、生き生きとした温かさが輝き出ていた。

なんとも、すばらしい褒め言葉であることよ。

・・・ええと、どっちの本もパンそのものと何の関係もないやんかー!というツッコミはなしでお願いします(笑)。



(2011年5月25日記)